二十日間の記憶がないことに対して、私はまたパニックになった。

うまく思い出せるだろうか? 自信がなかった。どんなときだって冷静だった私だが、まるで映画のようなこの状況に、対処できずにいた。

いったい、この二十日ものあいだ、食事はどうしていたのだろうか。それに排泄は……?

警察官も同じような疑問を持ったに違いない。

「では、二十日もの間、あなたはどうやって生きていたのですか? 服装は乱れていないし……」

あとの言葉は濁した。

そうだ、服装は乱れてはいない。乱暴をされた形跡もない。排泄物で汚れていることもない。いったい、何があったのか、わからない。大声で叫びそうになっていた。心の底から湧き上がってくる恐怖に耐えるように、私は両手で自分の体を抱え、身を守るようにその場にうずくまってしまった。

警察官は慌てて女性警官を呼んできたようだ。しばらく、その人に抱かれていたように思う。やがて落ち着いた私は、自宅の住所を伝えると、最初の警察官と、その女性警官に付き添われて、家まで、送ってもらえることになった。私に家族はなかった。というか、今は、ないに等しかった。

両親は外国に仕事で赴任しているし、兄弟も地方に住んでいたから、私は一人で都内の賃貸マンションに暮らしていた。両親には構われず育ったので、当然一人暮らしの寂しさもなかった。ないがしろにされたという意味ではない。仕方がなかった。二人ともあまりに忙しかったので、私だけでなく、兄も弟もあまり構われず育った。

ただ、違ったのは、兄と弟は男同士で仲良く遊び、寂しさを感じなかったのに対し、私は一人で過ごすことが多かったというだけだ。だが、一人でも楽しく過ごせていた。人形遊びには興味はなく、科学雑誌を見て、一人で実験のようなことを繰り返していた。

兄や弟と一緒に遊ぶこともあったが、ほとんど一人きりだった。一人は気楽だった。なぜなら、誰にも邪魔されず自由に遊べたし、追いかけっこなど面倒なこともせずに済んだ。外遊びといえば、自転車に乗ったこと。風を切って、兄弟でサイクリングしたことは楽しかった。

それが今、大人になって何年もない。皆それぞれの仕事で忙しく、会う時間もなく過ごしていた。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『いたずらな運命・置き去り 【文庫改訂版】』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。