窮地の麻衣を助けたのは…

麻衣は目覚めた。布団の上に寝ている。あ、何ということだ。ここは耳の聞こえない夫婦の家だった。

「ごめんなさいね。ありがとう」

麻衣は恐縮した。

「いや、あの家を去ろうと思っていたら、あなたが出てきたのです」

旦那は笑っている。

「気分はいかがですか?」と耳の聞こえない妻女が、お茶を持ってきて聞く。

「ええ、眠ったから、かなりいいわ」

麻衣は言う。そして懐を探る。あった五百両が。

「あなたが、忍びのものだとは……?」

「フフフ、色々あるわ」と言い、麻衣は、耳の聞こえない妻女を見た。妻女はこの前見た時より、明るい顔をしている。

「あなたたち、この家を変わるのでしょ」

「いいえ、ここに住みつくつもりです」

旦那が言う。

「ええ、いろいろ知ってもらいたいので……」

妻女もかすかに笑って言う。

「そうか、それはいいことだわ」と麻衣は言った。

きっと耳の聞こえない妻女のことを、近所の人も理解してくれるだろう。時間がかかるが……。それにしても虎谷屋が、また誘いに来たらどうするつもりだろう。だが、それに負けない旦那を感じた。

長屋の木戸の傍にある、朝顔が綺麗に咲いて、皆の足を止めていた。難聴っていっても見れば普通の人。話せばおかしい? それをみんなに知ってもらうんだよ!

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。