足が動かない! 麻衣のピンチ

「ふふふん、いい気味よ」

麻衣は思った。忍びの者に愛想を尽かされた虎谷屋は、地団太踏んで賊を見送るのみだった。

あの耳が聞こえない妻の夫は、忍びの者を捨て去った。きっと住む家を変えるだろう。新天地は苦しいだろう。だが、あの夫婦ならやって行くだろう。

妻がしっかりしているからだ。耳が聞こえないからこそ、自分がしっかりしなくては、という考えがある。この夫婦に、喝さいを送ってやりたい。

麻衣はそのまま帰ろうとしたが、考え直して、また蔵に行ったのだ。鍵を開けるのは、麻衣の得意だ。何げなく開けて蔵に入る。二千両箱が積んである。

麻衣は、ちょっと首を傾げて、その千両箱を開けた。始めの千両箱は何も入っていない、カラだった。次の千両箱を開けた。ぎっしりと隙間なく入っている。麻衣は思った。始めから、千両箱は、千両しか入っていなかったのだ。

「何だ……」

だが、まだ千両もある。これを何に使うのか? 麻衣は、その千両箱から五百両掴みだした。

「ちょっと重たいけど、仕方がないわ」

懐にしまい、歩き出した。その時だった。

「であえー、賊だー」という声とともに、あたりに人が集まってきた。

「あ、用心棒が居たんだわ」

麻衣は、きっと周りを睨みつけた。懐の懐剣に手を伸ばす。そろそろと動く。人影はざっと見積もって十人ぐらいいる。この程度だったら、ま、行けるかな、と思った瞬間、後ろの浪人が切り込んできた。

さっと身をかわす。かなり行けるじゃん、この浪人者。除けて、麻衣は、きっと浪人者を見据えた。

麻衣が切り込んでいく。浪人者は後に引いて、また剣を正眼に構える。剣は生き物のように、上から切り落とされた。麻衣は引く。そしてここは逃げるのみと、悟った。

さっさと、位置を変えて遠くに逃げる。植込みから、向こうの塀にすとんと落ちる。やれ、これで走って逃げれば終わりだ、と思っていると、足が動かなくなってしまった。走るのだ、と言い聞かせているのに、足が動かないのだ。そのまま地にへばりついたように、足は止まった。向こうから虎谷屋の用心棒が、大勢走ってくる。

「どうしよう?」

黒い人影が、近付いて来た。その人影が麻衣を抱き起すと、走るように逃げていく。麻衣は安心したのか、意識が遠のいて行った。