起立性低血圧

血圧値は、動脈の部位によって違った値になります。たとえば重力の影響を受けて、立てば下肢は常に高血圧です。片手を上に上げると、指の先は体で最も低い血圧値になります。この両者の差は、百五十から二百ミリ水銀柱にも達します。

したがって血圧測定の位置は、心臓と同じ高さを基準としなければなりません。寝ていれば、体が水平になっていますから、血圧値はどこでもほぼ同じ値になりますが、立ったときには、腕を前に出して、血圧測定部位を心臓の高さにします。

立位をとると、血液量は下方の静脈側に移動するので、心臓の駆出量が減少します。そこで交感神経が作動して、血管を収縮し、血圧値を維持します。この調節機序がうまく働かないと、血圧は低下し、脳血流が減少して、時に失神を起こします。これが起立性低血圧です。

昔、私が診ていた高血圧の高齢女性が、駅で失神して倒れたことがあります。すぐに良くなりましたが、私は再診して、臥位、立位と体位を変えると、立位のときに、血圧値が大きく低下することを認めました。すぐに降圧薬を減らし、起立時にも変化しないようにしました。高齢者には、こうした起立性低血圧が少なくありません。

以前、高知県の香北町(現在は香美市)というところで、後期高齢者に対して、総合的検診を実施したことがあります。その場合、血圧測定は、オッシロメトリック血圧計を用い、まず座位で二回測り、次いで臥位で二回、それから立たせて二回測りました。血圧計は心臓の高さに維持させましたから、基本的に血圧値はすべて同じはずです。

しかし後期高齢者では、立位で二十ミリ水銀柱以上低下するものがありました。こういう例の神経機能を見ると、認知機能が若干低下し、MRIでは脳画像に潜在性の虚血病変が見られました。驚いたことには、二十ミリ水銀柱以上に上昇した例でも同様な変化を認めました。

神経内科医の松林公蔵君が、この結果を米国の「脳卒中(Stroke)」という雑誌に投稿し、掲載されました。人間が立ったとき、動脈は収縮して血圧を一定に維持する機構が働きます。これは交感神経の作用によるものです。自律神経系には、交感神経と副交感神経があり、両者のバランスの維持が、常に働いています。交感神経末端では、刺激されるとノルエピネフリンという神経作動物質が分泌されます。

私はチルトテーブル(傾斜台)に人を横臥させ、それを七十度に起こし、そのときの変化をみたことがありますが、ノルエピネフリンの血中値は、著しく上昇していました。人間はこうして立ったり、歩いたりしているとき、常に自律神経系でコントロールされているのです。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『健康長寿の道を歩んで』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。