ここまで語って高梨は言葉の続きをどう継いだものか思案するように話を中断した。彼には邪意などなく、絵画展などで妻に同行していた元同僚の来栖から新しい事実が聞けるかもしれないという好奇心から率直に問いかけているようだった。

来栖もそれに対応せざるを得ないなという気持ちになり、ひとまずは無難な応答をということで言葉を探し始めた。

それと同時に、「それでは自分自身のほうはどうなんだ、恭子とは親しくなり男と女の関係を三年余りも続けたが、自分は恭子の何をはっきり知ったと言えるのか?」と胸の内で自問していた。

相手に打ち明けたいと思う内容と、まず質問して相手から聞き出したいと望む内容がこんぐらかったようになってしまい、うまく言葉が見つからない。

「彼女は私にとって未知の人間としてあの世に行ってしまったのではないのか?」

独り言のように心のうちで問いかけ、どうしても知りたいとの気持ちも入れ込んで対象をとらえようとする。だがそのように努めても、そこから出てくるものは漠然として形にもならないし、当然問いかける言葉も出てこない。

ぼんやりとした心象風景と言うのだろうか、人の形をしてくるのか、それとも人の本質をとらえていそうな物なのか、言葉なのかもわからない。いくら言葉を交わし、体の関係を重ねても、男は女の何を知ったと言えるのか? 女は相変わらず謎のままではないのか?

恭子の夫も自分も含め、男から見た女の捉え方を何らかのありきたりの常套句でまとめてみたところで、話し相手に与えられるものは何もないだろう。無言のままで自らの想念ばかりにかかずりあっているのも憚られた。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『ミレニアムの黄昏』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。