「そうだ、アトリエ。どこで描いているの?」

「ああ、家探しされたくないな。サンルーム。物置兼用」

淳がやんわり拒否しても親たちが覗いて、アトリエじゃないわな、なんて褒めて(・・・)くれる。

「兄貴の絵は僕が額縁作るんです。裏方」

「裏方は裏にいろ」

「苛めるのか」

「言葉の綾だよ。嘘つきが僕は嘘つきだと言うような」

これは重信。

「へえ……」

「表に出たら裏方じゃない……」

重信は両手を二人の肩に置いて

「額縁で売れる売り絵もあるから、裏方と決まったものでもないさ。絵が視たいものだ」

「今、ちょっと時間がなくて描いてない」

「や、うちを辞めていいのに」

「辞めたくないと言ったろ」

失点二。親父のせいだ。

「すぐ産休貰うから」

小声になる。

「八汐、突っ張るな。気疲れされると僕らが困る。淳が落ち着いている。君もふだんでいろ」

義父に(たしな)められる。八汐、が効いた。バスが親愛を込めて呼ぶ。鷹原の父でも気が付いた。できる限り受け容れてやろうと心掛けてきた。思えば八汐と呼んだことがなかった。胸に深く感じるものがあった。

中古のアコード・ユーロRを横着けして、もう『こまち』はなくなったから門扉を半間ずらして屋根を付けた。増築は子供部屋のこともあるから先送りした。鷹原の父も車は結構知っていた。必要に応じて乗り換えりゃいいさと言っていた。暮に一度雪が降った。

八汐は冬休みだ有給だ何とか休だと繋げてもらって猛然と絵を描いた。先にデッサンから男四人の頭を一つずつ墨で三号に仕上げて、そのままを『午後の家族』に使った。バンケットの場面だった。

一人はほとんど後ろ向きで一人は若くてハンサムな男だった。皆の視線が注がれているのは身重の女性で、たっぷりのスカートのキャメル色と白のセーターの襟元と袖にある楝おうち色に日が差している。二人は腰かけて一人は立っている男たちの斜め後ろの窓際にピンクのシクラメンがあって、窓の外には雪が積もった小枝が幾筋も細かく描き込まれていた。枝には雪でまた眠りに誘われた冬芽があった。

太洋は一言も文句を言わず、淳には絵を視たから自分で作るよ、売れる額縁にするよと言って帰った。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『フィレンツェの指輪』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。