八月の蒸し暑いある夕方、健一が仕事を終えて会社から出ようとしていると電話が鳴った。健一が出ると、それは、西方市清掃課の大野からだった。

「高井さんですか。よかった。まだ会社にいらっしゃったんですね。実は市役所前広場の盆踊りの会場に設置した仮設トイレが、四基ともいっぱいで溢れそうなんです。なんとかこれから汲み取りに行ってもらえませんかねえ。溢れると困るので一応閉鎖はしたんですが、そしたら市民から、便所もまともに管理できないのか。どこでションベンすればいいんだって、苦情の電話が殺到して困っているんです」

と興奮して息を詰まらせながら懇願するように言ってきた。

健一は、

「困りましたね。もう時間外でバキュームカーは車庫の奥に止めてしまいましたし、屎尿処理場の受付はとっくに終了しているので、バキュームカーに積み置きになってしまいます。それはチョッとまずいんですけどね~」

と、こっちとしても困ることを伝えた。バキュームカーに、屎尿を積み置きすると、タンク内にガスが発生し内部の腐食を早めたり、吸排機器の損傷の原因になる。そもそも健一は市民でごった返す夕暮れ時の盆踊り会場に、バキュームカーで乗り付けることなど絶対に嫌だと思った。

そこで、「公園常設の水洗トイレがあったと思うんですが、そちらを使ってもらったらどうですか」と提案してみた。すると大野は、

「それが困ったことに、公園常設の水洗トイレは、誰かがイタズラか何かをして、便器にタコ焼きのトレイや、鉢巻きの手ぬぐいなんかを突っ込んだらしいんです。その詰まったところに用を足して水を流したもんだから、完全に汚物が便器から溢れてしまっているので、そちらも閉鎖しているんですよ。調子のよい話かも知れませんが、できたら、そちらの詰まりも直していただけないでしょうか」

と言ってきた。

水洗トイレなどの便器や汚水管が完全に異物で詰まると、素人が、市販のトイレ用スポイトなどを使ったくらいでは直らない。しかも水道工事店に依頼するにしても、汚物を取り除かなければ交換修理はできないのだ。それがバキュームカーの強力な吸引力を使うと、あっという間に詰まっていた異物も汚物も糞尿もきれいに吸い取って、配管や便器を交換修理することなく、元のように使えるようになる。

健一は「フザケルナ!」と一瞬思ったが、清掃課の若い大野が市民から罵声を浴びせられながら、一人で右往左往している姿を思い浮かべると、なんだか切ない思いにかられて、つい、「なんとかしましょう。これから準備して会場に向かいます。安協(交通安全協会)の人に連絡して、バキュームカーが会場内を走行するときに誘導してもらうようにお願いしてください」と言ってしまった。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『ニコニコ汲み取り屋』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。