穂波の勤務先であるセイコー建設は、元は主に国産材を使用した注文住宅や店舗などの建築を請け負う会社だったが、七、八年前から北欧や北米の輸入住宅も扱うようになり、カナダではブライト社と提携を結んでいる。個人的にも夫の両親との同居を機に改築することになった際、建物の耐久性や断熱性に加えて薪ストーブを据えた木の香のするリビングダイニングをアウトドア派の太一が気に入り、ブライト社の建築プランと資材でセイコー建設が施工したのだった。

「副社長がわが家を推すのもわからなくはないが、もっと早く相談してほしかったよな」

昼休みに携帯に電話を入れ説明すると、人見知りな太一は不承不承ながら了承した。

女の子は十六歳でサラ、弟は十四歳でステファンという名前だった。初日の夕方は早々に仕事を切り上げた穂波が、二人を家族に紹介しながら夕食を準備した。和食か洋食か悩んだものの、手早く鶏のから揚げやポテトサラダなどを作り、ぎこちなく食卓を囲んだ。二人は黙々と食べ、シャワーを浴び、二階の子ども部屋のベッドで早々に寝てしまった。

翌朝早く目覚めた二人が階下に下りて、ウッドデッキから恐る恐る外へ出ると、散歩から帰った太一がジャックのリードを犬小屋の前に繋ぐところだった。昨日の雨は上がり、デッキからは眼下に天竜川の両側に広がる町並みと周辺の田園地帯、その遠く向こうに南アルプスと呼ばれる冠雪した赤石山脈のパノラマを眺めることができる。

穂波を真似て深呼吸すると、ステファンはジャックにそっと近づいて首のあたりを撫で、尻尾を振る姿を見て相好を崩した。上杉家で最初に仲良くなったのは黒柴のジャックとステファンで、次に太一の母とサラが、手芸を通じて距離を縮めていった。太一の母が被っていた毛糸の帽子の模様にサラは興味を持ち、鉤針編みを教えてもらう約束をして、まもなく彼女を[グランマ]と呼ぶようになったのだ。一日おきに介護施設に通所している太一の父は、さしずめグランパということになった。

穂波は仕事があるので、朝夕に二人と言葉を交わすだけで、なかなか一緒に過ごす時間を持てなかった。それでも家族の中では「英語がわかる人」として自然と通訳のようになり、物の名前、日常のルール、彼らが聞いたり見たりする日本語の意味、などを教える役目を担った。

「ホナミ、見て」

二、三日経つと二人は太一を真似て穂波を名前で呼び、昼間に自転車で出かけてスマートフォンで撮った写真を見せてくれるようになった。被写体はジャックと隣家の猫の睨み合いだったり、古い造り酒屋の軒下に吊り下げられた杉玉だったり、橋の欄干の上に乗った合鴨のオブジェだったりと、意外なものに興味を示した。それ以上に彼らを惹きつけたのが、子どもたちが置いていったコミック類やDVD、穂波がかつて聴いたJポップのCDで、二人は毎日観たり読んだり聴いたりして、日本語を少しずつ覚えていった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『スノードロップの花束』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。