農薬について

人の暮らしが雑草の繁茂によって悪化しないようにするためには、雑草の発生量を一定の水準以下に制御する必要があります。一方、前述したように、雑草の制御方法には、除草剤を始めさまざまな方法があり、環境に優しいと考えられていた生物的な雑草の制御方法にも多くの課題が残されていることが分かりました。

このことは最適な雑草の制御方法とは何かを考え直さなければならないことを示しています。除草剤は本当に自然環境を破壊し、百害あって一利もないものなのでしょうか。

少子高齢化が加速している現在、人力に替わる雑草制御技術が不可欠です。ここでは、除草剤を含めた農薬が作物栽培になぜ使われているのか、農薬の社会貢献、農薬の毒性とは何かなど農薬の基礎について説明します。

作物栽培に農薬が必要な訳

農薬は病害虫や雑草から作物を保護するためのものですが、そもそもなぜ、病害虫や雑草から作物を守らなければならないのでしょうか。それは作物が人為的な保護なしには生きていけない弱い植物だからです。

まず作物の弱さについて考えてみましょう。作物の定義には、「馴致せられた植物(Darwin:一八六七年)」や「人と共生的な関係にある植物(森永:一九五一年)」などがあります。しかし、前述で述べたように、作物の祖先が雑草や野草であることを考慮すれば、「食用に資する形質を最大化させた雑草由来の植物」と定義することもできます。

植物は図1に示すように紫外線、乾燥、低温、動物、隣接する他の植物、昆虫、微生物などから受けるストレスに対してさまざまな防御機構を発達させています。

【図1】作物を取り巻くさまざまなストレスと作物のストレス回避策

ビタミン類は紫外線によって生成された活性酸素を無毒化し、リグニンはリスなどの貯食動物による果実の摂食に一時的なブレーキをかけます。また、水の蒸散や乾燥を防ぐために、葉の表面はワックスで覆われています。さらに、植物は病原菌に感染すると、ファイトアレキシンと呼ばれるクマリンやフラボノイドなどのポリフェーノル類を体内で生合成して微生物から自身を守ろうとします。

これらのビタミン類、リグニン、ワックス、ファイトアレキシンなどは自己防御物質と呼ばれており、「エグ味」の元になっています。「エグ味」が強すぎて食用に向いていないのが雑草(野生種)であり、育種改良によって雑草から「エグ味」を取り除いたのが作物と言い換えることもできます。

植物工場で作られた野菜が露地栽培の野菜より食べやすいのは、紫外線がカットされた環境で作られていることから、ビタミン含量が低くエグ味が少ないためと考えられます。野菜を食べる目的はビタミン摂取であり、これでは野菜を食べる意味がなくなってしまいます。

食味とストレス耐性はtrade-offの関係にあり、一方が良くなれば他方はダメになり、両方が良くなることはありません。病害虫抵抗性や耐冷性の作物を育種することはできますが、美味しさを兼ね備えた作物となると、かなりハードルは上がります。

雑草から自己防御物質を作る能力を除去したのが作物ですので、作物は自然条件下で生きて行くことはできません。だから作物を守るために人為的な保護が必要になるのです。そして保護のための資材の一つが農薬だということです。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『 雑草害~誰も気づいていない身近な雑草問題~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。