恭子と話し合うことがあっても、このようにいつもとりとめのない会話になってしまう。彼女は少し小首をかしげ、

「ほんとにおかしな人ね」、といった感じで怒るでもなし、逆に彼に迎合するように彼ににじり寄ってくるような体の動きも見せることもない。言葉の上でも物腰からの印象でも、いつも冷静に見えた。

「そうね、何となくあなたとここでこうして体を寄せ合っていると、安心するっていうの、強いていえば私、そういう気持ちであなたに会いに来てる感じ……そう、今私が言った通りだとすると、あなたには一種の癒しの力があるのよ。ほかの人に対してはわからないけれど、少なくとも私の場合にはそういう風に言えるかもしれないわね」

来栖が疑問を彼女にぶつけると、およそこういった物言いをするのが常だった。恭子は衒いでもなく、彼を慰めようとの意図でこのようなことを言うのでもない。淡々とこういったことを言う。そして彼女はニンマリといった感じの笑みを浮かべることもある。笑い声を少しなりとたてるわけでもない。

そのためか、そのニンマリという印象を与える笑みは彼にとって意外にも下卑た印象を全く与えなかった。性的に誘いかける雰囲気を醸し出すようなものでもない。むしろ彼女自身の立場と彼の対応を客観的に是認し、受け入れる態度を彼女は独特の笑みで表そうとしたのだろう。これが彼の判断だった。

恭子には『これが私の自然体なのよ』と、相手に畳み掛けてくるような率直さが見られ、彼を何とはなしに納得させてしまう。彼女との関係はその死によって破綻したとはいうものの、このような話し合いの時には恭子の言葉に得心してしまっていた。

人間は特定のごく少数の他者に対してだけは「癒しの力」を持てるのだ。来栖自身、彼女の言葉に励まされ、ある程度の自信を植えつけて貰えたという実感があった。しかし、そのような自信はすぐにまたぐらついてしまう。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『ミレニアムの黄昏』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。