先月もそうだった。三代目社長が昨年市商工会議所の副会頭に就任し、年が明けて初めて出席する新年会のアトラクションとして、上棟式を模した餅撒きをやりたいので協力してくれと、副社長と部長から頼まれた。

「承知しました。餅撒きの準備ということでしたら、餅米と、臼と杵、あと(はっ)()があればいいですか?」

「それもあるが、穂波君、()()り歌を歌ってくれないか」

「は?木遣り歌って、私歌ったことありませんが」

建物を新築する際、柱や(むね)(はり)などの基本構造が完成し、屋根の頭部に(むな)()を上げるときに行う祭事が上棟式である。(たて)(まえ)とも呼ばれ、施主が屋根から餅を撒く習慣がかつてはあったが、昨今は工場で主要構造部を組み立ててから現地へ運んで来るプレハブ工法の住宅が多いので、そもそも上棟式をやらない。現地で柱や梁を組み立てていく在来工法の場合でさえ、施主の意向で行わないのが主流だ。そして古来労働歌から始まったと言われる木遣り歌は、現代では特定の地域の祭りや行事でのみ歌われており、穂波が若い頃、平成の初め頃に参列した建前でも聞いたことがなかった。

「僕たちも、今や誰も歌えないよ。だけどね、社長はどうしても新年の木遣り歌を披露したい、しかも女性の声を入れたいって言うんだ」

「CDか何か音源を流したほうがいいと思います」

と提案すると、

「社長は伝統文化を受け継ぎ、かつ新しいことに挑戦するわが社のイメージをアピールしたいんだ。だから、イケメン建築士の新藤君と、女性初の課長になった穂波君を入れて、後は職人衆にやってもらおう。ネットの動画で練習してみればいいよ」

と無責任極まりない指示をされた。動画サイトを覗いてどこぞの消防組合の木遣り歌を聴いてみたものの、そんなに簡単に歌えるはずもない。小一時間ほどであきらめ、結局は下請の七十代の(とび)職で歌える人がいると聞き、頼み込んで歌ってもらうことになった。当日穂波は法被を着て餅つきの返し手を入れたり、つき上がった餅を()したり切ったりするので精一杯だった。あんな変な汗をかくのは二度と御免だ。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『スノードロップの花束』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。