第2章 解釈

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新商品の売れ行きは順調だった。政府が近隣東南アジア諸国の観光ビザの規制を緩和し、イスラーム教徒の観光客が増加したことも追い風となった。ハラールブームを作ろうとする団体や協会も増加した。観光地の多い都心より、地方での動きが活発だった。

自動車中古販売を長年てがけてきたパキスタン人が多く住む街では、ハラール餃子やハラール・ラーメンを提供する店もでてきた。販売開始から半年、商品は売れ続け、社内ベンチャー賞を受賞した。受賞代表者は由美だが、リーダーのケントの功績も評価された。

「やあ鈴木ケント君だね。素晴らしいじゃないか。ユトリ世代の君にもこんな画期的商品が創れるとは」

食堂から出たところで品質管理部の江田課長に声をかけられた。49歳バブル世代の代表例として社内で有名だ。どんな物をどんな順番で食べたら、こんな風に頬に肉がつくのか不思議でしょうがなかった。製薬会社に勤めているのにAGAの薬を知らないのだろうか。額が相当に広がり、わずかばかりの白髪しかない。

入社してすぐに上司から言われたことがある。

「スッポンの江田には気をつけろ。奴は他人の不幸を喰って生きている。プライベートな話をしたら、もう最後。有りもしない噂が社内を駆け巡るからな」と。

そんなスッポン江田が言った。

「知ってのとおり、私の部署の特性上、新商品の全てに目を通しているが、あれがこれほど売れるとは想像しなかったよ。どうやって思いついたんだ?」
「……僕じゃなくて、鈴木由美課長の発案です。僕はそれに従ったまでで……」
「そうだろうな。ユトリ世代は従うのが得意なんだよな。言われたことはキチンとこなすが新しい発想であったり、それを提案するといった積極性は、まあ無いわな。ネットで調べる。メールで送る。こりゃ上手にできるわな。でも電話に出ない。会社にかかってきた電話に出ない。こっちから携帯に電話したって、夜7時以降は絶対に出ない。翌朝、会社に行くとメールが入ってるんだよ。昨夜は失礼しました。ご用件はなんでしょうか? ってなあ。今じゃないんだよ。夜7時にしなきゃならん話があるんだよ」

江田から強烈なタバコの臭いがした。他人の不幸だけじゃなく、タバコの煙をもエネルギーに変えるのがこの江田なんだ。

「君の上司、鈴木由美課長も、さぞ鼻高々だろ。どうだ、女性上司だとやりにくいだろ、正直」
「……いいえ。上司が女性か男性かとか考えたことなくて……」
「嘘言っちゃいけないよ。男と違ってスカッとしてないだろ。ネチネチしてるっていうか。まあ仕方ないかな。君の上司は確か35歳だったかな。しばらくは我慢が必要だね。ケント君」

江田は右の口角だけをつり上げて言った。

「私は基準を守る仕事なんだな。ルールを守らない奴は許せないという気質になっちまったんだよな。ルールというか道理や義理みたいなもんだよな。借りたものはキチンと返すとかな。知ってることは正直に話すだとかもそうだな」

ケントは、「正直に」という言葉が気になった。この言葉の真意を推し量ろうとした。江田は何か知っているのかもしれない。江田の口調からするとハラールに嘘があると確信しているんだ。嘘をつくな、と言う父の顔が思い出された。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『きみのハラール、ぼくのハラール』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。