三好の本国である阿波から一つの事件の知らせがもたらされた。

三好之虎が自らの主君である阿波国の守護細川讃岐守持隆を殺害した。

「どういうことぞ」

長慶様は之虎からの使者を問いただした。

「去る八月十九日、守護様が見性寺へお出かけのところ……」

事の顛末はこうである。

守護の細川讃岐守様が平島公方の足利義冬公を将軍職に就かせたいと、宿老たちに呼びかけた時、多くの者が賛同したのに対して、之虎だけは賛同しなかった。そればかりか之虎は気色ばんで、衆目の中、讃岐守様を(ののし)ったという。

ちなみに平島公方の足利義冬公とは、前の将軍足利義晴公の実弟であり、この時、阿波国平島荘に居を構えていたがゆえに〈平島公方〉と呼ばれていた。〈公方〉を称しているが、将軍職に就いたわけではない。

之虎の無礼に怒った讃岐守様は、近習らと語らって之虎を討ち取るべく謀議を謀った。 ところが近習の一人、四宮与吉兵衛なる者が之虎に密告し、今度は之虎が讃岐守様を弑逆せんと企んだ。

斯くして、讃岐守様は見性寺にて御生害されたそうである。

「何もお命まで頂戴(ちょうだい)することはあるまいに……」

長慶様は一言だけ呟くように言い、額に手をあてがい俯いてしまわれた。

「して、阿波の守護家はいかなることになる」

その先を案じた儂は使者に問うた。

「讃岐守様の御嫡子六郎様に元服していただき、細川掃部頭真之と御名を改められ、新たに守護職に就いていただく手筈となっております」

使者は、事もなげに答えた。