一九七〇年 夏~秋

2 秘密基地の大貧民

古い倉庫を移築した牛舎の二階は、干し藁の貯蔵場所になっていました。脱穀(だっこく)が終わった稲は束ねて干され、一年かかって牛たちの胃袋に収まっていきます。藁束をコミ切りで小さくして牛にやるのは私の仕事でした。

それを片付けると、ここで漫画本を読んだり昼寝をしたり、夕方まで無為(むい)な時間を過ごしました。私はこの秘密基地をいたく気に入っていました。

その日は、隣家の佐々岡洋一とマユミの兄妹が遊びに来ていました。山野家と佐々岡家は親戚同様の付き合いで、親たちは同じ小学校の卒業生でした。

「ヨウちゃん。マガジン見して」

洋一は毎号『少年マガジン』を買っていました。街で不動産屋を営む父親の佐々岡高雄(たかお)さんは近頃羽振(はぶ)りがよく、いつも高級そうな服や靴を身に着け、大きな外車を乗り回していました。

「ええよ。これも一緒に食おや」

洋一は菓子の袋も開けてくれました。

「サンキュー。貰うわ」

私は遠慮なく『エースコイン』を頬張り、『墓場鬼太郎』を読みはじめます。先週は鬼太郎が西洋から来た吸血鬼『エリート』に、毒薬の注射を打たれて髑髏(しゃれこうべ)にされた所までで、その続きを待ちかねていました。窓の波打ったガラスが熱くなっています。昼下がりの太陽は燃え盛り、上へ行くほど青い空が輝いています。なだらかな山の裾野(すその)は平地の緑に移行し、植物の吐息が風を湿らせていました。

マユミは藁の上に座り、スケッチブックに絵を描いています。クレヨンが紙を擦(こす)る音は、油蝉(あぶらぜみ)の鳴き声に同化していました。洋一は読書感想文を書くための指定図書を静かに読んでいます。時間がゆったりと流れていました。梯子(はしご)を踏む音がします。

「ここいおったんか。探したわ」

洋一と同じクラスで、私より二つ年上の岡田でした。

「三人でなんしょんな。ワイらも混ぜてくれへんか」

岡田の後ろから、気味の悪い笑みを浮かべながら、腰巾着(こしぎんちゃく)の七條と中川が上がってきます。彼らがこの辺を彷徨(うろつ)くのは珍しいことでした。

「おいこら。こんなとこい隠れとったんか」

小柄で色黒の七條が、洋一の肩を突きました。

「われのおかげでえらい目におうたわ」

長身の中川は背中を丸めて立っています。それでも頭が梁(はり)につかえそうでした。

「ちんころしくさったじゃろが」

中川の顔が憎々(にくにく)しげにねじけました。

「ほんなことしてただですむと思うとんか」

ひょろ長い手で洋一の胸ぐらを掴みます。

「待たんかいや。しぇんしぇに言われとうじゃろ」

酷薄(こくはく)そうな岡田の上唇は乾燥して醜く罅(ひび)割れています。まだ幼い頃に酒飲みの父親に殴られて潰れた鼻は、左右非対称な穴を上に向けていました。

「まあええでないか。今日は一緒に遊びたいだけじゃ。かんまんじゃろ」

岡田が洋一の横に尻を下ろしました。小学生らしからぬ猪首(いくび)と幅広の肩、分厚い胸板と太い腕を持っています。継(つ)ぎ接(は)ぎだらけのズボンは太腿(ふともも)ではちきれそうでした。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『金の顔』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。