ところが、45歳の頃、会社の接待でどうしてもゴルフ場に行かなくてはならない立場になった。正確には、そのように彼が思い込むような部署に配属されたのである。

お得意先の会社の役員のほとんどが、ゴルフが大好きだったのだ。仕方なく練習場通いを始めてから30年、今では毎週2ラウンドはこなすシニアゴルファーの一員である。自宅から車で、90分以内で行ける岐阜県内のカントリークラブの会員権を58歳で手に入れてからは、毎週日曜日にラウンドして、一時は和子さんとかなりやりあったこともある。

自分の妻を仲間に引き入れようと、敬一さんもそこそこ努力はしてみたが、その試みは全く無駄に終わった。和子さんはスポーツが全く性に合わないらしい。和子さんは普段から散歩すらしない人なのだ。

ある日敬一さんは仲間に誘われて、内輪でプレイしようということになっていた。そのため朝7時から愛知県郊外のゴルフ場に友人の自家用車に同乗していた。近所の知り合い同士が3か月に一度各々が所属しているカントリークラブをラウンドする恒例行事であり、ゆるい気持ちでゴルフをやりに来た。

普段なら少々気を使ってアルコールを抜いてくるのであるが、どうせ気心が知れた同士だし、それに婿の隆一君が春菜と自宅に泊まっていったことも手伝って、いつもよりたくさん日本酒を飲んだ翌日だった。

「昨夜はちょっと飲みすぎたなあ、胸やけがするわ、めずらしく……」

そう思いながら、敬一さんは自分の所属しているクラブより、かなり豪華なロッカールームで、ゆっくりゴルフウエアに着替えた。いつもは早めにコースの隣にある練習場に行き、数十球は練習するのだが、その日の敬一さんは、練習はパットだけにして、あとはクラブハウス内で座っていた。本人は二日酔いと思っていたようである。いつもより体がだるかったのだ。

「こりゃ、今日はダメそうだ。酒がまったく抜けてないわ。このコース苦手だし、はずかしいスコアにならんようにせんとなあ」

もう始まる前から、いつもの気合いを失っていた。