五分くらい待って小山内の名前が呼ばれ、診察室に二人で入る。ドクターは若くて美しいフィリピン人女性だった。ドクターは小山内に色々と質問するが、相変わらず何も答えない。正嗣は今日のこれまでのあらましを話し、団体ツアーのリーダーで来比しツアーを送り出した後、自分の仕事を続けていたこと等も話した。過去このような状態になったことがあるかと既往歴を聞かれたが、そんなことは知る由もないので分からないと答えた。

ドクターは小山内の目や脈を調べ、これは極度の精神的疲労に起因する一時的な心神喪失だろうとの診断をした。極度の緊張から解放された時などにも表れる症状らしく、早ければ一晩ゆっくり休めば、ノーマルな状態にもどるだろうと言った。ただ、大事を取って入院させて様子を見ようということになった。

正嗣は小山内の入院手続きを終え、会社に一報を入れドクターの診断結果を伝えた。また、平瀬も病院に向かっているとのことで、会ったら事情を説明してこの後のことを全て引き継げとの曽与島の指示だった。精神科病棟の廊下で平瀬を待ったが、ここの入院患者を見ているとこっちまでおかしくなりそうなので、なるべく見ないようにしていた。そうこうしている内に平瀬がやって来た。

「大変やったね」

「ホテルで消えちゃった時には焦りましたよ。その後も空港で色々あったし、こっちもおかしくなりそうでしたよ」

「曽与島さんから事情を聞いて、小山内さんの奥さんには連絡したから。明日マニラに飛んでこられるように、鴨下さんが今奥さんの飛行機の手配を進めているからね。後はこちらで全部やるから安心して」

昨晩のこと、今朝のホテルでのこと、空港でのこと、全てを正嗣の口からもう一度平瀬に伝え病院を出た。

後日平瀬から連絡があった。小山内は入院の翌朝正気にもどり、奥さんが来るのを待って退院した。入院した日の出来事はほとんど何も覚えていなかったそうだ。退院後は近くのマニラガーデンホテルに二泊し、奥さんと一緒に観光をして帰国したとのこと。正嗣はマカティメディカルセンターのドクターの診たてが正確だったことに驚いたが、小山内の回復と無事の帰国を聞き安堵した。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。