• マニラを訪れる人たち

二○分くらい経った頃だろうか、グランドスタッフがもどってきた。小山内も一緒だった。正嗣はガックリ落胆した。

「申し訳ございませんでした。このお客様はご搭乗いただくことはできないと、キャプテンが判断致しました」

「何か問題があったのですか」

「一度機内に入っていただいたのですが、ご自分の席に着く前に、ビジネスクラスの座席にお座りになって動こうとなさいませんでした。その様子をキャプテンが見ておりまして、ご自分のエコノミークラスの座席へ行くよう指示されたのですが、移動されませんでした。そのため、そのままお乗せしていては、他のお客様のご迷惑になると判断されました」

「そうだったんですか。それは申し訳ありませんでした」

「お客様のお荷物を降ろさねばならないので、しばらくオフィスでお待ちいただけますか」

そのように言われ、正嗣と小山内は再び日航のオフィスにもどった。小山内の荷物が来るまで小一時間かかったが、その間に正嗣は会社に電話をかけ、空港での出来事を報告した。曽与島は平瀬にも連絡を入れるが、小山内を病院へ連れていくよう指示した。

「晝間、乗りかかった船だ。この後、小山内さんをマカティメディカルセンター(MMC)へ連れていき、精神科の医者に見てもらえ」

正嗣は気持ちを「緊急モード」に切り替えた。この場には自分しかいないのだ。小山内を助けられるのは自分だけだ。そう何度も心に言い聞かせ、空港からタクシーでMMCに向かった。当時マニラで一番信頼の置ける設備も整った病院がMMCであったが、診察料も一番高いことで有名だった。MMCの精神科は地下にあった。

一階で受付を済ませ階段を下りると、鍵のかかった分厚い扉の先が精神科病棟だった。診察室の前の廊下で小山内と二人で待っていると、入院着に身を包んだ精神を壊した様々な人たちの姿が目に入る。

薄ら笑いをずっと浮かべている人、小首を傾げ一点を集中して見ている人、ブツブツ意味不明な言葉をしゃべり続けている人。どこからか奇声も聞こえてくる。精神科が地下にあるのは、一般の人の目を避けるためもあろうが、飛び降りなどを防ぐことが一番の理由らしい。こんな世界を見るのは初めてだ。できれば、もう見たくないものだと正嗣は思った。