一九七〇年 夏~秋

1 通信簿と子猫の死

「ほらわからんぞ。猫は他の動物より執念深いけんな」

父が横から茶化します。

「あとの二匹は誰ぞもろうてくれるんか」祖父が聞くと、祖母は困り顔で首を横に振りました。

「山いほってこなならんかいな」

祖父は次の煙草に火をつけました。

「まだ乳飲んみょるけん、もうちょっと置いといちゃったらわ」

黙々とさね抜きをしている母が言います。

「猫のションベンは臭いけんな」
「縁の下が臭うなっとるわ」
「親が舐(な)めよるはずじゃけんど」
「ミイがとろこいけん、よう世話せんのよ」
「ほのくせに子おばっかし産みくさって。こんで何べんめぞ」

祖父が矢のような煙を吹きました。

「矢部しぇんしぇに不妊のしゅうつしてもらおか」

父は言いました。高速回転する鋸刃(のこば)が、固くて重い瓜を真っ二つにしていきます。私の大嫌いな赤ん坊がぶった切られているのでした。

「フニンって和代オバちゃんのことちゃうん」

和代叔母さんは大阪で暮らす母の妹です。結婚して何年もたつのに子供がいませんでした。

「オバちゃんもしゅうつしたん」
「アホ」

母が鋭い目で私をたしなめました。翌朝、牛舎から声がします。父と祖父が何やら大声で話しているのでした。

「どなんしたん?」

私は寝間着のまま出て行きました。

「こらあ売りもんにならんじぇ」

夜の間に仔牛が生まれていました。

「これ見てみい。えらいこっちゃ」

仔牛は座布団ほどの後産(あとざん)の上で藻掻(もが)いています。父が臍の緒を切ると、血と羊水のにおいで噎(む)せ返りました。親牛は何事もなかったかのように干し藁(わら)を食(は)んでいます。

「怪我しとるん」

仔牛は横腹から血を流していました。鋭利な刃物で抉(えぐ)ったような深い傷があり、赤い内臓がはみ出しています。

「誰がやりくさったんじゃろ」
「山犬とちゃうか」
「こんながいなやつおらんじゃろ」
「わからんなあ」

大人たちは首を傾(かし)げました。

「化け猫が出たんとちゃう」

痛みと恐怖に戦慄(わなな)いている子猫の姿が脳裏(のうり)に蘇ります。

「おまい、寝惚(ねぼ)けとんか」

祖父は笑いました。

「また寝ションベンしたんとちゃうか」

父も笑います。

「川い放り込んだとき、まだ生きとったんちゃうん」

お門違(かどちが)いとわかっていながら、私は祖父を詰(なじ)りました。

「知らんわ。ワシにゆうなや。おまいが殺したんでえか」

祖父の言葉が突き刺さりました。やはり寿命などではなかったのです。

「ほなって……」

私は足をふるわせました。

「矢部しぇんしぇに電話せえ」

大人たちは私にかまうのをやめました。その日のうちに、仔牛は馬喰(ばくろう)の軽トラに乗せられて、屠殺場(とさつじょう)へ運ばれて行きました。私に殺された命は、生まれたての命を道連れにしたのです。この時初めて私は、死は恨(うら)み深いものだと知りました。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『金の顔』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。