その紙をじっと見ていた娘は、言った。

「父は、今床に臥せっています」

「では、ご病気ですか?」

「はい……」

麻衣は娘の様子から、父は臥せっているのではなく、何か事情があって奥から出られないのだ、と思った。

「そうですか。是非会いたいのですが」

娘は黙って、麻衣を怪訝そうに眺めている。

「どうしてもだめですか?」

「はい……」

麻衣はこれ以上押しても駄目だ、と観念した。

「では、また来ます」と言い、その家を後にした。

何かおかしいな、と思った。何故だろう? 娘の態度に違和感が募るのだ。父が病気なら、いや病気でも、会いたいと言う人がいたら、会わせるはずだ、と思った。

歩いていると、昨日会った女が井戸端に出てきた。

麻衣が礼をすると、その女は、「あ、ちょっと待って……」と言った。

「はい、なんでしょう」

「あそこ、いたかね」

と言う。

「ええ、娘さんと会いました」

「違うよ、お父さんの方だよ」

「えっ?」

「お父さんの方だよ。お父さんに会わなくちゃね」

と半分笑いを含んだ言い方をする。

「でも、ご病気とか……」

「ふん、違うよ。会ってみな!」

麻衣はこの女が言うのと、娘が言うのと、どちらが本当だろうか、と思った。やはりもう一度、会って見なければいけない気がする。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。