「状態がかなり悪化してきました。呼吸不全がこの1週間でかなり進行しています。どのくらい奥様が持ちこたえられるか、ちょっと予想はつきませんが。いずれにしても、そんなに長くないと考えています」

益田医師は往診の帰り際に敬一さんを別室に誘って、自分の考えを伝えた。

「わかっております、毎日そばにいますから何となく感じます。先生のおっしゃるとおりだと思います。これまでにも増して、娘たちに見舞いに来るように伝えるつもりです」

それから娘の春菜さんは、毎日のように和子さんの世話に参加するようになった。その日はたまたま夫の隆一も休みで、春菜さんは夫と息子の隆之と3人で田中家に来ていた。昼ご飯をみんなで食べて、リビングでみんながお茶を飲んでいた。

「うーっん」

小さく絞り出すような唸り声を、夫の隆一が聞きとった。

「お母さん、なんか言ったんじゃない?」

それから15分後に、和子さんは娘夫婦や孫にも見守られながら、静かに息を引き取った。

家で家族みんなに看取られて、最期の時を過ごすことは、多くの人が希望することです。でも実際に、自宅で、家族に見守られながら最後の瞬間を迎えられる人がどのくらいいるでしょうか。今回の選択2のケースでは、たまたま和子さんは多くの家族に見守られながらゆくことができましたが、こうしたケースは周りの人々がコントロールしてできることではなさそうです。ただ、早く家に帰ってきたことで、病態の進み方が敬一さんには理解できていたのではないでしょうか。

そのことが、このタイミングを生み出したのかもしれません。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『改訂版「死に方」教本』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。