2006年

ワインの季節

九月中旬、先週は夏に戻ったような陽気だったが、今週に入って雨の日が続いている。南フランスでは洪水があったようだ。九月は日本でも秋雨の季節であるが、こちらは一日中降るのではなく降ったりやんだりが続く。そのせいもあるのかフランス人は傘をささずに歩いている。傘をさす人もいるが少数派である。特に若い人はジャンパーのフードを頭に被って、雨を気にせず歩いている。

さて秋になりワインの季節である。毎週、アパートの郵便受けにスーパーやいろいろな店のチラシが投げ込まれる。アパートの玄関のドアの内側に各部屋の郵便受けがある。鍵を持っていない人は入れないはずであるが、郵便配達の人はもちろん、チラシを配る人も鍵を持っているようだ。

スーパーのチラシは日本では新聞に折り込まれるが、(そういえばこちらは新聞配達を見かけない。フランス人は新聞をどうやって読むのだろう?)郵便受けに投げ込まれるこちらのスーパーのチラシは冊子のように綴じられていて三十〜四十ページくらいある。内容はほぼ日本といっしょで、商品の写真と値段が書いてある。

私のアパートには毎週二つのスーパーからチラシが入る。これらのチラシを参考にしながら買い物メモをつくり毎週土曜日に買い物をするのである。先週はいつものチラシと併せてワインのチラシが入っていた。五十ページもあるワインだけのチラシでボルドー、ブルゴーニュから始まって十五もの産地別に特売のワインが勢揃いである。見ているだけで楽しくなる。値段は安いもので二ユーロ、三ユーロ、高くても三十ユーロくらい。ほとんどが十ユーロ以内で、私などには手ごろである。年代は二〇〇〇年から二〇〇五年のものである。

さっそく買い出しに出かけた。普段のワインコーナーとは別の特売コーナーにずらりとワインが並んでいる様は壮観だ。どれがうまいのか皆目検討がつかないので、金賞や銀賞を獲得したとか、雑誌でうまいと推薦されたなどという表示を手がかりに、七〜八ユーロのものを十本ほど仕入れた。

フランス人に言わせると、このようなスーパーで行われるワイン特売は在庫一掃の意味もあるらしい。専門の酒店からは、売れ残りのワインを買わされるはめになるのに、と言われた。まあ味音痴の私にはあまり影響はない気もするが……。

毎晩アルコールを飲むが、フランスに来てからは毎日ワインである。なぜか日本から持ってきた“いいちこ”はぜんぜん減らない。食事はご飯やうどん、そばなどと和食だが、アルコールはワインだ。他の日本人に聞いてもだいたいワインを飲む人が多いようだ。その地域の風土にあった酒を飲みたくなるのだろうか。

だいたい毎晩グラス二杯。夏はその前にビール。この程度だと一本のワインが二、三日もつ。従って、毎週土曜日の買い物では三本のワインを買えばいい計算になる。空きビンもそのペースでたまるので捨てるのも大変である。

フランスではカフェではビールを飲む人も多くいるが、食事ではワインが欠かせない。会社の研修をホテルなど外の場所で行うときは、昼食時にワインが出る。午後も研修が続くのにいいのかなあというのが私達日本人の反応である。う〜ん。

フランス人はアルコール中毒も多いようだ。私の会社は工場なので夜勤の人もいるが、家で一杯引っかけてから会社に来る社員もいるらしく、人事部から「アルコールと薬物使用は厳罰に処す」という通達が時折出る。労使の会議でもアルコール対策が議題になったりする。

凱旋門賞

九月も下旬になるとマロニエの葉が色づき、実と枯葉が路上に落ちて、秋の風景である。

二〇〇六年十月一日(日)、凱旋門賞が開催された。この年は日本から史上最強馬といわれるディープインパクトが参加した。鞍上(あんじょう)は武豊ということで、これまた日本の最高ジョッキーだったので大いに期待したのであった。

当日、私は仕事の関係で行けなかったが五、六人の日本人駐在員がパリのロンシャン競馬場まで見に行った。その中には馬券など一度も買ったことがなく、ディープインパクトという名前さえ知らない人もいて、パリで日本食が食べられるので行こうという人もいたようだが……。

日本からも大勢の人がパリまで見に来た。千人の日本人ツアー客が訪れるということがフランスのテレビでもニュースになった。その時期に日本へ一時帰国する人が航空券が取れなくてまいったと言っていた。もっとも凱旋門賞だけでなくパリコレクションが開かれるせいもあったようだ。

何人かのフランス人に、日本の一番強い馬が凱旋門賞を走るが知っているかと聞いても、「へえ、そうなの?」と皆初めて聞く様子。十一回走って十回一着、あと一回も二着というすごい馬だと言うと、それはすごいと驚くが、「でもオレ馬券など買ったことないなあ……」という人もいて、ここレンヌはパリから離れているせいか関心はいま一つのようだった。パリでは地下鉄の駅に巨大な凱旋門賞のポスターが何枚も貼ってあったので盛り上がっていたと思う。

フランスのテレビのスポーツニュースでは競馬のニュースは流れない(競馬はスポーツではないのだろう)。会社のフランス人に聞いても、競馬の話に乗ってくる人はあまり多くはない。どうもフランス人にとって競馬は一般的でないようだ。スポーツの人気順位は、サッカー、自転車、ラグビー、テニスという順番になる。最近ゴルフも人気が出てきたということだが、まだまだこれからというところらしい。

フランス人に聞くと、競馬のテレビ中継はあるという。またPMUという場外馬券売り場があるという話を聞いたので、場外馬券を買うことにした。タバコ店で競馬新聞を売っていると聞き、前週の土曜日に買いに行くと、一面にディープインパクトが出ていてフランスでも注目度は高い。

PMUという場外馬券売り場はあちこちにあるらしく、注意して見ると私のアパートの近くにもあった。それは場外馬券専門ではなく、バーやカフェで馬券も売っているというものだ。PMUという文字に競馬の絵が書かれた看板がある店がそうだ。外からのぞくとテレビではサッカーなどスポーツ番組をやっていて、男たちがビールなど飲みながらそれを観ている。競馬の時間になると競馬新聞を見ながら馬券を買うのだろう。

競馬の騎手はフランスでも高額所得者のようだ。あるフランス人は「フランスで一番の騎手はミス・フランスと結婚したんだ。競馬の騎手は小柄なので、ミス・フランスのお嫁さんのほうがはるかに背が高かった」と笑いながら話してくれた。

タバコ店というのはTABAC(タバ)とかPRESSE(プレス)という看板が出ている店で、フランスでは日本のコンビニ以上にそこらじゅうにある。タバコや新聞、雑誌を売っている。日本のコンビニの雑誌売り場にタバコ売り場がくっついたと想像してもらえればよいかと思う。小さい店が多いので店員は一人。新聞も雑誌もフランス語で読めないし、タバコは吸わないので私はあまり行かないが、アダルトのコーナーもありそこではアダルト雑誌やDVDも売っているのでたまに行くことはある。店員に若い女の子がいる店だと(ほとんどの店はおじさん、おばさんだが)その手のDVDを買うときはちょっと恥ずかしい……。

ということで、今週の日曜日はTABACで競馬新聞を買い、PMU併設のバーで馬券を買って、フランス人に混じってビールを飲みながらディープインパクトを応援するつもりだ。

総務のブルーノが私に馬券購入券(マークシート方式で日本にはない複雑な買い方もできるらしい)をバーでもらってきてくれて、昼休み、どうやって馬券を買うかの講義となった。数人が集まり、ああでもないこうでもないとにぎやか。日本人の間では大いに盛り上がっているが、フランス人はクールだ。「ミネギシさん勝ったらおごってくれる?」と聞かれたので、オフコースと答えると、信用していない笑い顔で机に戻って行った。

さて結果はいかに……。

ディープインパクト 

残念! ディープインパクトは負けてしまった。

その時レンヌ駅前のバーで馬券を握りしめテレビを観ていた私たちの間から、ああ……という無念のため息がもれたのだった。映像は日本から来たと思われる女性が泣き崩れる姿を映していた。レース前、フランスのテレビのレポーターが観客に、どの馬を買ったのですかというような質問をしている映像があった。日本人はもちろんフランス人もディープインパクトと答える人が多かった。オッズも一番人気(日本人の買いが大きく影響していたと思うが)だった。直線伸びなかったなあと皆一様に落胆の表情を交わすばかりだった。

でも、実は私に向けられた視線には非難がこもっていたのであった。パリのロンシャン競馬場に行けない私たち日本人留守宅組は、せめて場外馬券を買ってディープインパクトを応援しようと、レンヌ駅前の場外馬券を売るバーに集合した。日本人六名、フランス人一名だ。皆で集まってビールを注文したあと、おもむろに私が会社でブルーノから教えてもらった馬券の買い方を指南した。「単勝はここ、複勝はここにマークすればよいのですよ。従ってディープインパクトの馬番は二番なのでここに印をつけてください」と、得々と説明したのであった。

よーし、買い方は分かったし、ど〜んと行くぞ!と、皆盛り上がった。私は予算百五十ユーロのつもりで行ったのだが、「オレは五百ユーロやるからな」「オレも日本で競馬するときはたいてい三万円は買ったからな」と皆剛毅である。そうかオレもと、あわてて銀行のキャッシュディスペンサーへお金を下ろしに行き、さらに百五十ユーロを買い足して、これでよし!とビールをごくんと飲んだのであった。

さて発走十五分前になった。オッズはどうなったかと皆で口ぐちに言いながら、テレビでそれらしき情報を見たがよくわからない。これがオッズかなあ、でもディープインパクトの馬番二番は一番人気ではないし、へんだなあ……。

ひょっとして、これは馬番ではなく枠番で買わなくてはならないのではとそこでようやく気がついた。一同、「ええ! どうしてくれるんだよ、峯岸さん違うじゃないですか」と非難のまなざし。一瞬凍りつき、冷や汗が背中を流れた私。しかしときすでに遅し、ディープインパクトを買ったはずが皆ハリケーンランを買っていたのであった。

よーしこうなったらハリケーンランを応援するからな、と皆やけくそ気味、そしてまたも私に非難のまなざしをちらっ!ちらっ!

結局、ディープインパクトが三着、ハリケーンランが四着と、どちらを買っても勝てなかったのだが、皆が他の馬をからめての馬券も買っていたので、本来の枠番で買っていたら、一着のレイルリンクを当てたのにという人もいて、私に対する視線はいっそう痛いものとなった。私の三百ユーロももちろん紙くずとなった。

くそー、来年の凱旋門賞は勝つからなという皆の声も、私には捨てぜりふに聞こえた。「みんなのビール代、私が出すから」と小さな声でいうのがやっとの二〇〇六年凱旋門賞であった。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。