遠慮がちな声が、佑子の感傷を少し冷ます。間近なキックオフの瞬間を待ちながら、メンバーは山本先輩と花田先生の言葉に瞬きもせずに向かい合っている。

「試合の写真、撮ってもいいですか?」

佑子に話しかけたのは、大磯東高写真部の少年だった。普段接点がない一年生だけれど、東西対抗の会場で少し言葉を交わしていた。確か、榎えのきくんといった。

「写真、どうするの?」

「ちょっと、スポーツのシーンを撮ってみたいなって思ってて。ラグビー、カッコいいじゃないですか。映像、変な使い方しませんよ」

そんなこと、疑ってないけど。そう思いながら、佑子は彼に頷きかけた。

「大きな大会だから、写真のプロも来てるよ。負けないでね」

夏島高校のフォワードは、大きい。ボールの争奪戦で、西崎くんや保谷くんは、そのパワーに苦戦する。でも、限界までの我慢を、彼らがしているのがはっきり分かる。龍城ケ丘の、そのポジションにふさわしい大きさのジャージは、彼らの細さに合っていない。でも、身体を張る。食いしばった奥歯の音が聞こえてくるようだ。

最初のチャンスは夏島高校。自陣二二メートルライン手前で夏島ボールのスクラム。でも、思い切り飛び出した石宮くんは、渾身のタックルで相手を止めた。彼があんなタックルを、と佑子が思うと同時に、山本先輩が、ナイスタックル!と大声を上げた。そう、ナイスタックル。恐怖に震えていたあの砂浜の彼は、ひと夏を越えたところであのタックルを表現できたのだ。

澤田くんが、ためらいも見せずに相手に対峙して行く。前田くんは、何度も前進を試みながら、それでも相手の堅実なディフェンスをこじ開けきれない。ラインアウトで伸び上がって、相手ボールの奪取を試みる寺島くん。大きな相手に悪戦苦闘しながら、それでもスクラムをゆずるわけにいかない西崎くん。佑子の周りでは、佐伯くんや海老沼さんの絶叫が絶え間ない。でも、佑子の喉からは声が出ない。何か言葉を出すことで、彼らの大切なバランスを崩してしまいそうで、それが怖かった。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。