人生は一度きり

ニュースを見ていると、よくもまあ毎日毎日事件(じけん)が起こるものだと思う。自ら命を粗末(そまつ)にするような若者(わかもの)事件(じけん)は、特に悲しいものがあります。

子「宿題が多い」

父「大人になると勉強する(ひま)がないよ。人生一度きりなんだから頑張(がんば)りなさいよ」

子「一度きりだったら楽しいことだけしたいよ」

父「楽しいことをするにはお金が必要。勉強しないとお金が(かせ)げない。お金がなかったら楽しみも()る。

大事なのは、選択肢(せんたくし)()るよってこと。選べないってつまらないでしょ」

子「なんか宿題やるために(だま)されてるような」

父「何のために勉強するのかって、学校で教えてくれるといいんだけどね」

子「一度きりだし、どうせ死ぬし、楽しいことだけやっててもいいような気がするけど」

父「また(もど)っちゃうけど……まぁ、一度きりだから大事にしようと思うか、どうせ死ぬからどうでもいいと思うか」

子「どっちにしろ、目の前に宿題がある」

父「大人になったら、何をするか自分で決められるからさ、遊んで()らしてみたら?」

子「遊ぶって決めたら宿題しなくていいよね」

父「勉強しないと、遊びのメニューも()るよ」

子「もう~!」

お父さんのひとりごと

(わたし)は、何のために勉強するのかと問われた記憶(きおく)も、教わった記憶(きおく)もありません。義務(ぎむ)教育において、そういう時間を作っていただきたいと強く思います。私にとっての教育の意義(いぎ)は、主体的に生きられるように、選択肢(せんたくし)を多く持てるようにするということだと思っています。

勉強を(いや)がる子をどうやって机に向かわせるか、悩んだことがないという方は少ないでしょう。勉強する意義(いぎ)から一度話し合ってみてはいかがでしょうか。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『親子で語りたいテーマ24』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。