毛布の跡に預り証とか契約証とか画廊のロゴをエンボスした紙を置きながらソフトな口調で言う。俺は夢中でサインする。それを畳んで上に名刺を載せて(おうち)色の封筒に入れて寄越す。

「アートは水物だから。楽に描いてもいいかもしれません。描けたら見せて下さい」

出てから振り向いて視たら、『町田(まちだ)画廊』だった、どうしてうちに持ってきたかって、小さいところとか、どこでもいいとか、俺だって言えないよ。

飛び込み営業ね。きっといい人なのよ。好みが合うのよ。

いいことがあって機嫌がよかったのかも。楽に描けって。描いたら見せろって。ねえ、信じられないよ。ああ……どうなるかはわからない……返されることも、あるな……

この人は駆け引きとか商いとか、音痴なんだ。淳は(ひそか)に思う。世間音痴のわたしが思うんだから間違いない。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『フィレンツェの指輪』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。