平和への希望

安らかな死

体が弱ってくるのにつれて、興奮状態になることが、だんだん少なくなってくるようだった。

母のこともフランシスコから聞いた。自分が麻薬ギャングの手下になった後に、母が連れ去られて今も行方が分からないという。

「俺は、母さんを傷つけ苦しめた。連れていかれないように助けてやることもできなかった。母さん、もし生きていたら、俺を許してくれますか」

母のことを考えるたびに、カルロスは優しい心を取り戻していった。ある日、カルロスは雑誌でへロイーナの特集(とくしゅう)記事(きじ)を見た。そこには、おなかにヘロインを入れられた麻薬密輸事件のことや、今では最も優秀な麻薬探知犬として活躍していることなどが、くわしく載っていた。

記事にはへロイーナの写真もあったが、すっかり大きくなっていたので、自分が手術した犬だとは分からなかった。しかし、おなかの傷あとの写真を見たカルロスは、へロイーナがあのときのロットワイラーの子犬であることに気付いた。

生きた子犬のおなかにヘロインを入れるようなむごいことを、なぜ自分はしてしまったのだろうか。手術の後、弱々しく自分にしっぽをふっていた子犬の姿が目に焼き付いて、後悔で胸がつぶれそうだった。

カルロスが自分のしたことに苦しんでいるということに、刑務官(けいむかん)たちも気付いた。ある日、カルロスは一人の刑務官を呼び止めてこう言った。

「お願いがあります。へロイーナという麻薬探知犬に会わせてください。どうしても謝りたいことがあるんです」

「お前が麻薬探知犬に会えるわけがないだろう」

刑務官は相手にしなかった。しかし、カルロスは、何度も何度も同じことをくり返してうったえ続けた。うったえ続けて一カ月、カルロスの体はすっかり弱ってしまい、食べることもできなくなっていた。

「俺が……へロイーナのおなかにヘロインを入れた犯人なんだよ。へロイーナはそんな俺に……しっぽをふってくれた。死ぬ前に……へロイーナに謝ってから……死にたい。どうかお願いします」