八汐の隠し事

八汐が写生を始めてから工房のジムが小洒落れてきて、それを八汐が嫌がってスマホで写すようになるとインスタ映えなどと言い始めた。恰好つけられては台無しだ。

「わからない。俺がナイキのシャツで決めちゃいけないの? 汗まみれの汚いシャツ着てろって、そうか、つまり、貧乏くさい労働者を描きたいんだな。今時なりたがる奴はいないものな」

太洋は反動的に能弁を誇示したいからか向きになって抗議する。

「抗議する弟を描いて、ご機嫌の弟を描いて、恰好つけてる弟を描いて、愛すべき弟を描いて、見せるとか」

「……そうだね……それだね」

「八汐くんが好きなものじゃないと描けないなら、それを八汐くんのやり方でわかってもらうしかない」

F六の画帳四枚に素描して、休日の昼間に薄く彩色もして、月曜の昼休みに太洋に見せる。

「俺、結構いいじゃん……本気で怒ってる、此間のことか……これはウィンドサーフィンの会員証持って、親父が金出してくれたんだ、嬉しそうだ。これは……わからない。これは……涙目だな……Tの入院していたお袋さんが死んじゃった時だ」

「うん、二人ぼっちだったのにな。お前は泣き虫だから……べそかいててもいい絵だろう……これ、キアヌ・リーヴスの真似して……」

「ああ、あれか、似てると思うけど……余り……全然……物真似はうまい」

「物真似が描きたいわけじゃない。お前を描きたい。恰好つけようなんて思ってもらいたくない」

素の一人一人の群像を一つの情景に描こうと思う。そう思うようになった。下手に恰好つけると自分じゃなくなるということはわかったようだ、と報告すると淳さんは

「すごいわ。太洋くん」

「……僕は?」

「もっとすごい!」