ホテルのすぐ近くまで来ると、彼は私にまたキスを始めた。気持ちの確認なのか、気分が高まっているのか、やっぱり熱のこもった甘いキスだ。ホテルの自動ドアの前まで来たが、私は連れを伴ったパリのホテルの入り方がわからない。

あなたが先に入るの? と目で聞くと、私が先だと指で示す。――わかった。私は頷くと、自動ドアに触れる。深夜のホテルのフロントには、やや年老いた銀髪のスタッフ男性が一人立っていた。そしてカウンターにはルームカードキーが二枚並んでいる。帰ってこないのは私とあともう一人ということだ。

「オザキユキコ?」と聞かれて「そうよ、遅すぎるわね。ごめんなさい」と申し訳なさそうに私はキーを受け取った。リヤードは小さなフロントから少し離れて入口のそばに立っていた。フロントのその男性スタッフはリヤードを一瞥する。彼は堂々と直視している。ちょっとスリリングな一瞬。今夜は僕が相手なんだよ。そう言っているようにも見えた。

私はあえてリヤードから視線をずらしエレベーターに行く。すぐ近くにあるがフロントからは上階へと続く階段もエレベーターも見えない。それでも私はあがっていたのだろうか、来ないエレベーターのボタンをガタガタと何回も押す。

彼が、指さしてまだ三階にいるよ。降りてくるから静かに待って。と指を唇に当てて、私に音をたてないように促す。すぐに、小さなエレベーターが来て、ぎりぎり二人で乗り込む。いわゆるこれはホームエレベーターの類なのだ。

私の部屋は一階。地上階の次が一階だから日本式に言うと二階にあたる。降りると真っ暗な廊下が待っていた。リヤードがすぐにスイッチを見つけて電気をつけてくれた。部屋の鍵も彼に開けてもらった。窓一つだけの、小さな部屋。壁には街燈に小鳥が飛んでいるペイントが施してある、ちょっと可愛いお部屋。彼はぐるりと見渡して、その部屋の狭さにあきれていた。

安宿の螺旋階段小鳥来る

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。