おとぎ話の

「鬼は外」

近所から声が聞こえてくる。県営住宅に住んでいた子どもの頃の話である。

夕食前。母の用意した五合枡には、炒った大豆がいっぱいに入っていた。私より四歳年上のおっきい姉ちゃんが枡を持って先頭に立つ。

「追っ払った鬼がまた入ってきたら困るから、投げたらすぐ、窓閉めるんだよ」

と指示をする。私が窓を開ける。

「鬼は外、鬼は外」

大きな声で姉に合わせて弟も私も、鬼打ち豆を力いっぱい外に投げる。外は寒いし、この豆に当たったら痛そうだ。すぐに窓を閉める。今度は部屋の四隅と神棚に向かってちょっと優しく、

「福は内、福は内」

隣の部屋でも窓を開けて「鬼は外」。閉めて「福は内」。玄関へ行って戸を開けて「鬼は外」。閉めて「福は内」。

夕食のあと、こたつで年の数だけ豆を食べる。ちゃんと数えずに枡から豆を取った弟に、私が、「違うよ」とちょっかいを出す。六つ数えて弟の前に置き、自分は八つ取る。

「僕だって数えられるのに」

口をとがらせて、末っ子は豆をつまむ。

「自分の年の数だけ食べたら、風邪をひかないんだって」

二つ違いのちっちゃい姉ちゃんはおせっかいだった。

翌朝、玄関を掃くのが私の仕事である。昨日のちょっと興奮することの残骸。豆は玄関の隅に砂埃とともに転がっている。戸を開けると明るい朝の光の中で、薄汚れて硬くなった雪の上にも散らばっている。暗闇の怖いものに投げつけたはずなのに、お日様を浴びて、気持ちよさそうに豆はそこいる。不思議な気がしてくる。本当に角のある鬼がいたとは思わないけれど、昨日と何かが違いすぎる。

「昔からの風習なんだよ。嫌なことを追い出して、いいことに来いって言ってるんだ」

姉ちゃんがそう言った。なんだか、おとぎ話の鬼が逃げて行ったあとの場面が、うちの玄関に残っているみたいな気がしてきた。

今、姉の家では孫がやっているらしい。爺が鬼役だという。お面をかぶった義兄に、幼い孫たちがはしゃいで豆を投げる。鬼は痛い、痛いと逃げるのだそうな。

「昔と違って豆は殻付き落花生だから痛くはないし、あとで食べるにも汚れていなくて便利よ」

と姉は笑う。