―羅技の歌―

「明日の早朝には阿修の軍勢がこの里に押し寄せて来るであろう。我が里に武人はわずか五十余名しか居らぬ。この里は一時もせずに落ちるであろう。だが、この里の当主として戦わずに里から逃げ出す事は出来ぬ。

たとえ一太刀、二太刀あの保繁に剣を交えて死ねれば武人として本望だ! 姫達は神殿の裏に有るかずら橋を渡り、龍宮の森へ逃げよ! そこには食糧を多く蓄えてある小さき館が在る。当分の間は凌げるであろう。そして期を計らって何処かへ落ちのびるのじゃ!」

紗久弥姫は和清に抱き付き、涙をこぼした。

「お父上様。嫌です、私達と一緒に逃げましょう。負けるのが分かっているのにどうして戦うのですか?」

清姫は紗久弥姫を引き離し、

「紗久弥。お父上様のお言葉に従うのです」

となだめた。

和清は祭壇に供えている酒を下ろし、皆に杯を渡した。清姫は父より酒を受け取ると、皆に酒を注いだ。しかし羅技の杯の中には、誰にも悟られない様に、水薬を数滴入れて渡していた。和清は盃を手に取ると高く上げて叫んだ。

「我らの魂は永遠に離れずに在る。これは別れの杯にあらず、あの世での再会の誓いなり! 皆、同時に飲み干そうぞ!」

和清の掛け声で全員飲むと、暫くして羅技は杯を落とし、その場に崩れるように倒れた。紗久弥姫は驚いて羅技の身体を揺すり、

「兄上様? お父様……こ、これは何とした事ですか?」

重使主と仲根はお互い顔を見合わせ、思わず唾をのみ込んだ。

「和清様。羅技様はどうなされたのですか?」

と重使主が尋ねると、

「安心せよ……。眠っているだけじゃ……。羅技の杯に眠り薬を入れたのだ。明日の夕刻頃、目が覚めるであろう」

と羅技を抱きかかえ、和清が涙を流した。