脳出血と脳梗塞の違い

脳出血と脳梗塞とは、病理学的には全く違います。

脳出血は、動脈硬化病ではありません。それは脳内血管の壁が壊死に陥り、脆弱となり、内圧に堪えられなくなって破綻するのです。高血圧に加えて、食塩摂取、栄養低下、貧困などと関係がありました。

これに対し、脳梗塞は血管内腔が閉塞してその環流領域が壊死に陥る病気です。ただ同じ脳梗塞でも、多くの種類があります。米国に多い脳梗塞では心筋梗塞に近いアテローム血栓性脳梗塞ですが、我が国ではそのような脳梗塞の頻度は低いことが判明しています。

米国のように、脂肪やタンパク質摂取の多い肉食の国では脳出血は少ないのです。彼らにとっての脳卒中は、ほとんどが心筋梗塞に似た脳梗塞です。

高血圧と脳卒中と高齢者

脳血管疾患は、三十年にもわたって死因の首位を占めてきました。ただその内容は三十年の間に変化しています。前半では脳出血が主体でした。後半になると高血圧治療薬が開発され、一九五〇年代には脳出血死亡が著しく減少してきました。

降圧薬は脳出血に劇的に奏功し、昏睡を起こすような脳卒中や悪性高血圧などが見られなくなりました。脳梗塞は、一般に生命の予後はそれほど悪くありませんが、片麻痺、言語障害などの後遺症を残し、要介護となる点に問題があります。高血圧は、外来患者では一番多い病気です。

ところが昔は血圧を下げる薬がありませんでした。それだけに有効な血圧降下薬が次々に開発されたのは、患者にとっては大きな福音となりました。学問が進んで、生体内における水分・塩分代謝とか、レニン・アンジオテンシン系の昇圧機序などが解明され、それが多様な降圧薬の開発につながったのです。高血圧学会が設立され、国際的に情報の交換も頻繁となり、人々は長生きできるようになりました。

しかしそこに、高齢という問題が起こりました。六十代、七十代、八十代、九十代と、年齢が高くなってきても、降圧薬は同じ種類と用量でよいのか、という問題が提起されたのです。経済的に豊かになり、食事内容に塩分が多くなると、血圧が上がります。現代に生きる人々では、年齢とともに収縮期血圧(上の血圧)上昇型の高血圧患者が増えています。

どのくらいの血圧値から高血圧といえるのかは、高血圧学会で常に論議の的となってきました。その値が高いと脳心事故が多くなるので、高血圧認定の基準値は、低くされる傾向があります。現在では、正常血圧は一三〇/八〇未満、後期高齢者では一四〇/九〇未満とされています。低いほどよいのです。

確かに高血圧では、脳卒中が多くなる傾向があります。しかし脳梗塞と高血圧の関係は、そんなに強いものではありません。高齢になると血圧の動揺が大きく、血圧値が高いと医師も患者も脳卒中のリスクが高いと考えて、見境もなく降圧薬の用量を増やしがちです。それは必ずしも当を得た処置とは言えないように思います。

私の外来に後期高齢者で難治性高血圧の女性患者がいました。あれこれ降圧薬を投与しても、血圧が思うように下がらないのです。彼女は将来、脳卒中か心疾患に罹患して亡くなるだろうと予測していました。ところがあるとき、その患者が救急で入院してきたのです。私は脳卒中を発症したと思いましたが事実は違いました。彼女には全身に末期がんがあり、回復不能になっていたのです。

私の義弟は開業医でしたが、あるとき脳卒中発作を起こし、片麻痺、言語障害などが後遺症として残りました。自宅療養中、容態が急変したと家族から知らせがあり、すぐに救急入院させました。脳卒中の再発と考えていましたが、精査の結果では全身に及ぶ末期がんでした。原発巣は不明でまもなく息を引き取りました。

高齢者でも高血圧では脳心事故を起こすと思ったら間違いでした。がんに罹患する確率の方が遥かに高いのです。私は新聞で有名人の訃報欄を常に見ていますが、高齢者の死因は悪性新生物(がん)が圧倒的に多いように思います。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『健康長寿の道を歩んで』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。