第一章 宇宙開闢かいびゃくの歌

一行は唖然とした目で彼を追った。

婆須槃頭の後を、宮市蓮台と三人のインド男優が付き従った。婆須槃頭は一人ステージに上がると五人のほうへ向き直った。

「折角に造ってくれた舞台セットだから、この機会だ。ここであえて言わせていただこう。聞いていただきたい。まず涯監督」

あたかも全世界に向かって宣告するかのように、英語でその言葉は発せられた。

「あなたは、日本人と生まれたのちにここへ来られた。その巡りあわせにあなたは感謝すべきである、なんであろうと。

今全インドは重大な変換期にさしかかっている。身の毛のよだつ、いつ果てるとしれない貧困と無知と差別。それらの最大の被害者である子供たち。あなたのこれまでの映画に描かれていたのはそれらのほんの一部分にすぎなかった。

これらからの脱却と解放は、日本人であるあなたの最大の務めといってよい。日本人の視点、たたずまい、民族性、それらをフルに活動させて映画なりの方法で立ち向かっていって欲しい。それだけをお願いする。

今撮っておられる作品の一部品に過ぎない私の、せめてものあやかしといって聞き取ってもらいたい」

涯監督は瞑目したまま聞き流していたが、やがてかすかに頷いた。

「次に、ハービク所長」

名前を呼ばれた所長は、まるで教室で教師に名指しされた生徒のようにまなこを輝かせた。

「あなたは生粋のインド人であり、ヒンドゥー教徒だ。あなたにはこの私がどう見えているのか。それを突き詰めて聞いたことはついぞなかった。私もあなたをこれまではやや突き放して捉えていた。

しかし、今日は違う。あなたの信仰の対象がヴィシュヌーだろうと、シヴァだろうとこの際関係はない。この映画にそれらの神は出てくる。

インド人の俳優によって演じられるそれらに私はマルト神として関わっている。ヴェーダ神話も二大叙事詩も随所に顔を出している。この画期的大作映画を自分の撮影所で作られようとしている歓び。

私はあなたの先ほどのベンガルへの郷土愛、日本への共感に感動を覚えた。あなたのインドへの思いは切実だ。独立を勝ち取ってのこの半世紀以上の時間、インドは世界に向かって何をなしたというのだろう。

膨大な説話と因習から抜け出せないその歯がゆさ、また、一部インド人の頭脳のみを重宝がる白人社会の身勝手さ。またイスラムとの歴史的軋轢あつれき。私にはあなたの内的葛藤ないてきかっとうがよく判る。しかしだ。あなたは耐えねばならない。なんとしても」

ハービク所長の目がにわかに光を帯びだした。