買春ツアーが国会で問題になって以来、フィリピンのイメージは地に落ち観光客は激減した。その後も長引く景気の低迷、治安の悪化、独裁色を強めるマルコス政権などのニュースが新聞に頻繁に載ったため日本人の足は遠のく一方だった。

「各ホテルとも、企業関係のコマーシャルアカウントで持っているようなもんですからねぇ」

「フィリピンは観光資源が豊富なのに、なぜ観光客をたくさん誘致できないんですか」

「海は世界一きれいですけどね。美しいビーチも結構ありますが、そこまでのアクセスが整ってないんです。例えば、今一番注目されているビーチリゾートはシコゴンって言う島なんですけどね。そこへはセスナでしか行けないんですよ」

「本当にもったいないですよね」

「それにまだフィリピン・イコール・買春ツアーのイメージがぬぐい切れていないんで。ウチのホテルが新聞に載ったの、見たでしょう」

「ええ、夜の女性の同伴を禁止にしたりはしないんですか」

「それ目的のお客さんもまだまだ多いし、ホテル業界内のトラベルマーケットでの競争でレートを下げすぎちゃっているから、その分をジョイナーズフィーで補っていたりしていてね。色々複雑なんですよね」

「大変なんですね」

フィリピンツーリズムがかかえる根深い問題点が丈の話を聞いているとよく分かる。

「ところで、夜はどの辺に飲みに行っているんですか」

「プライベートじゃあまり行きませんが、付き合いでたまにマビニ界隈に」

「デルピラールのゴーゴーバーには行かないんですか」

「会社帰りによく前を歩いていますが、敷居が高いと言うか、一人じゃなかなか入りにくいですね」

「それは典型的な食わず嫌いですね。一度行けばクセになりますよ。今度一緒に行きましょうよ」

「ええ、……」

と気のない返事をしながら時計を見ると八時を回っていた。

二人ともお腹が減ってきていたので、丈がクラブハウスサンドイッチとコーヒーを注文してくれた。小山内とは連絡の取りようがないので、ひたすら待つしかなかった。

この時代はまだ携帯電話という文明の利器がなかったので今と比べると不便であった。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。