優理は泣くように目を閉じた。悲しかったけれど、常に望風の気持ちを大切にしてきた。きっとこれからもそれは変わらないだろう。いつも少し悲しげな望風の表情の謎が解けたような気がした。先生のことを好きになってしまったんだなと。

いつも優しく笑っているけれど、なんとなく悩ましげな瞳が、優理の男気を活発にしていた。優理が負った心の傷は、男の勲章になったかのようだ。

優理は強くなりたかった。中学生だった優理は、キスシーンを目撃しただけだ、フラれた訳ではない……そう自分に言い聞かせて、優理は勢いよく砂浜に大の字になって寝そべった。

ショックは大きかったが、望風のそばにいてあげなければ……という使命感に似たものが、優理に悲しみに浸る時間を与えなかった。

目の前の広大な空から見られているような、見透かされているような、どうするのか試されているような気がした。

不思議なことに望風への気持ちを投げ出したいとは思わなかった。

その時、空の下で宿ったものは、美術教師への対抗心だった。いつか望風の心を奪いたい。誰にも渡したくない。男として戦える器がほしい。

望風への恋心は、キスシーンを目撃する以前よりもはっきりと浮き出て、心が形をなしたかのような明確さを感じた。

望風は、自分の気持ちをきっと、誰にも打ち明けられずにいるだろう。相手は先生だ。迷惑はかけられないと、望風は思っているだろう。そうさせている先生が憎い気もした。

だが、望風のことを守りたかった。いつも一番近くにいて望風を守っていこう。望風の心を守っていこう。そしていつか、望風が振り向いてくれるような立派な男になろう。決心した。

優理は、上半身を起こして、海を眺めた。優理の前に広大に広がる海が、ちっぽけな自分を自覚させた。同時に、生きているんだという実感を生まれて初めて感じた。

海にもこんなにたくさんの音があったのかと、知った瞬間だった。

今にもメロディーが生み出せそうだった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『KANAU―叶う―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。