仮に、何らかの方法で完全に感染者を隔離できれば、非感染者は何一つ自粛することなく、思う存分社会経済活動を再開することができる。実は、これは単なる思考実験ではない。実際に、検査体制を大幅に拡充すれば、これが実現できるという専門家の試算が発表されている。

この試算を行ったのは、九州大学の小田垣孝名誉教授だ。小田垣教授は、理論物理学の専門家で感染症の専門家ではないが、独自の数理モデルを使って、PCR検査を大幅に拡大した場合の収束までの所要日数を計算し、公表している。これを報道した2020年5月8日の朝日新聞によれば、その内容は次のようなものだ。

Ⅰ.専門家会議が行った試算の検証

1.国がコロナ禍を乗り切る政策判断にあたって根拠とする試算を担う厚生労働省クラスター対策班は、まだ感染していない人(S)、感染者(I)、治癒あるいは死亡した人(R)の数が時間とともにどう推移するかを示す「SIRモデル」を使い試算した。

2.しかし、このモデルの難点は、感染者(I)を、他人にウイルスを感染させる存在として一律に扱っている点だ。だが、日本の現実の感染者は一律ではない。これに対して、数理モデルを専門としている九州大学の小田垣教授は、幾つか仮定を追加し、次のように独自で試算を行った。

3.まず、無症状や軽症のためPCR検査を受けずに通常の生活を続ける「市中感染者」と、PCR検査で陽性と判定されて自宅やホテルで隔離生活を送る「隔離感染者」の二つに感染者を分け、前者は周囲に感染させるが、後者は感染させないと仮定した。

4.次に、陽性と判定されたらすぐに隔離されると仮定し、検査が増えるほど隔離感染者が増えて感染が抑えられる効果を考慮してモデルを改良し、解き直した。

Ⅱ.仮定を追加し改良した試算の結果

1.接触機会の削減より検査・隔離の拡充の方が有効な対策であることが証明された。具体的には、「接触機会の削減」と「検査・隔離の拡充」という2つの対策の効果を計算し比較した。

2.まず、検査数を現状に据え置いたまま接触機会を8割削減すると、新規感染者数が10分の1に減るのに23日かかる。ロックアウトにより10割削減しても18日かかる。

3.一方、検査数が倍増するなら、接触機会が5割減でも新規感染者数が10分の1に減るのに14日で済み、検査数が4倍増なら、接触の機会を全く削減しなくても8日で達成する。

4.この結果を踏まえて、小田垣教授は次のように述べる。

①感染の兆候が身体に一つでも表れた時点で、検査して隔離することが有効だろう。

②接触機会を減らす対策は、市民生活と経済を犠牲にするが、検査と隔離の仕組みの構築は政府の責任。

③その努力をせずに8割削減ばかりを強調するなら、それは国の責任放棄に等しい。

Ⅲ.現状のPCR検査の問題点と課題

1.国が公表する新規感染者数や検査数などの数字は、最新の結果を反映していなかったり、全ての感染者を網羅できていない可能性があったりするなど信頼性に難がある。計算結果の正しさを主張するなら、計算手法や使う数値などの情報を公開すべきだが、これまで明らかにしていない。

2.試算の妙味は、数字の不備などの悪条件下でも、起きている現象の本質を捉えることにある。小田垣教授の試算は、検査と隔離という感染症対策の基本の重要性を示した。その徹底によって感染者数を抑え込んだ韓国の事例を見ても、意義は大きい。

皆さん、「この方法しかない」という形で提示される解決策について、一度は「本当にそうだろうか」と疑う姿勢を持ちましょう。丹念に状況の推移を観察してみると、多くの暗黙の前提を置いた上で、「唯一の解決策」を導き出している場合が多いのです。

これらの暗黙の前提は、解決策を考案する上で触れてはならないタブーとされることが多く、この構造が本質的な解決を阻んでいます。必要なのは、実現可能性などの配慮をする前に、論理的には可能な解決策を全て俎上に載せて検討することです。

「漏れなく重複なく」考えられる場合を出し尽くし、それらすべてを公平に吟味することで、人は真の意味での知的自由を手に入れることができます。確かな情報を選び取り、論理的に考えて、自分の意見を形づくることができれば、問題は対応可能な形に収斂(しゅうれん)していき、着実に解決に向かいます。この経過を楽しんでみませんか。