神様の俳句講義 その八 山粧やまよそおう

神様は忙しいが、長期出張の身なので、週に一度、等身大の画像を送る最新式の大型三次元テレビ電話で奥さんへ必ず連絡を入れる。

これが、夫の長期出張を受け入れる際、奥さんが出した条件の一つだったからだ。

実は、奥さんも以前は短歌を人間に訪問指導していた女神だ。俳句と短歌と分野は違うが、同じような仕事をしていた神様どうしなので、二人はいわば職場結婚なのだ。

俳句の神様は、結婚後も奥さんに仕事を続けてはと言ったが、

「仕事はもう十分しました。結婚したら家庭を守り子育てするのが私の夢なの」

と、専業主婦になってしまった。離れて暮らしているので、お互いを思いやり、時々、俳句や和歌を贈りあったりしているから、長い結婚生活の副作用であるやっかいな倦怠けんたい感がない。

第二の新婚のような新鮮な気分で、テレビ電話で普通は三十分、長くなれば一時間話しているそうだ。神様は食事に関してあまり好き嫌いがない。

一九六〇年代に宇宙旅行用に開発されたチューブ入りの日本食を、その日の気分で選んで簡単に済ましているが、時々、奥さんが旬の食材を使って作った料理をレトルトにして送ってくれと依頼する。

神様専用の宅配便は五分七十五秒で届くので、レンジでチンして食べる。奥さんから送られる神業かみわざの手料理を食べると、疲れが全部取れるのだそうだ。

なお、神様の子供さんに関しては、個人情報やセキュリティの点以外に、成人した美人の二人姉妹が日本に暮らしているので、女性週刊誌の猛烈な取材攻勢への対策から、厳重な情報管理がなされている。

だから、姉妹が俳句や和歌をやっているのか、将来、両親の跡を継ぐのかはわからない。

「よう松岡、俳句の神様のテレポーテーション装置には、プールなどもあるから、かなり大きな物だろう。だから、それが移動する時に、人の目に触れたり、推進装置の音が聞こえるはずだが、そういう目撃情報がこれまでないのはなぜなんだ」

細かいことによく気がつく市島が、右手の人差し指を振りながら尋ねた。テレポーテーション装置は五次元で製造されており、もし人に見えたとしても、大きさはソフトボール大である。

しかし実際は、何層にもステルス化(不可視化)されており、人間の眼に映らないようにできている。音は、強力な消音装置により、そよ風や羽音の二十デシベルのさらに百分の一まで抑えられている。

その結果、人間の耳や目で捉えることは不可能である。しかし、江戸時代でも人口は二千八百万人ほどだったので、耳や目が異常に発達した人が少数ながらいた。