「炎症がかなり強そうだね」

「はい。膿性の腹水もありますね」

「穿孔(せんこう)しているということだね。CTを見る限りでは明らかな穿孔はなかったけど」

ICで田所先生が説明していた通り、虫垂が破れて膿が腹腔内に広がりつつある状況だった。「まずは洗浄します」膿が溜まっている場合は最初に洗浄し、お腹をある程度きれいにしてから手術を行う。そうしないと、手術の際に膿が邪魔をして肝心な部分が見えない。

「これが回腸末端(かいちょうまったん)ですね」

「ということはこの裏にアッペはありそうだね」

モニターを見ながら、今どういう状況かを常に確認し合って共有する。

「ちょっと頭を下げてもらおうか」

「はい、ヘッドダウンをもう少しお願いします」

麻酔科の先生に体位を変換してもらう。すると小腸が頭側に移動し、小腸の下に隠れていた虫垂を含む大腸が出てくる。手術はいかに器用に手や鉗子(かんし)を動かすか、ということに終始していてはうまくいかない。

こうして術野を整えて手術がしやすい形を作ることは手の器用さ以上に重要といっても過言ではない。僕は日々の努力や手術経験で少しずつ手が動くようにはなってきたが、場の展開はまだまだだ。

「もう少し先端を持って」

「手前に引いて」

場の展開がうまくできないと行き詰まる。行き詰まっては田所先生の指導を受けるということをくり返し、何とか手術を進めていく。

「そうそう」

「そこじゃない」

「ちょっと貸して」

言われていることの大半が理解できていない。分からない時は言われるがままに手を動かす。地中に向かってやみくもに穴を掘っているような感覚だ。最初はある程度型通りに進むため手術をリードできるのだが、途中からは臨機応変に対応しなければいけない場面が必ずくる。そこで僕の手の動きが鈍くなり、やがて手が止まる。

助手の先生の誘導でなんとか僕の手は再び動き始めるが、一度渡った主導権は戻ってこない。気がつけば指導医のいいなりになってただ手を動かしているだけ、という状況に陥ってしまう。

「ほら、アッペがだんだん持ち上がってきたでしょう。これが間かん膜まくだからこれを切れば、ほぼ終わったようなもんだよ」

「はい」

分かったような分からないような気分で小さく返事をする。

「ソノサージ」

曖昧さをかき消すように大きめの声で看護師さんに器械を要求する。

ソノサージは「超音波凝固切開装置」のことで、組織を焼いて止血した上で切る器械である。言われたことは理解できていなくても、切るといったらこの器械である。無事に虫垂を切除し、体外に取り出す。標本は一旦保管しておき、後から丁寧に観察する。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。