自慢する気は疾うからない。むしろ、努力なしに人に気に入られてしまうことを災難だと思う。そういう男に寄ってくる女の気が知れない。あの時、僕は三十を過ぎていた。

医者になるための勉強は面白かったが、医者を稼業にしたくなかった。あれは使命感とか野心とかなければできるものじゃない。熱意もなくて大学にいた。

父にも姉たちにも義兄たちにも重宝がられて、花見の場所取りだと自嘲しながら、頼まれればリサイタルの会場を決めたり設営を徹夜でやったりして、退屈を凌いでいた。僕が想い焦がれているのに伝わらないなんて考えられなかった。

自惚れと言わないでくれ給え。実に素朴に信じていただけだから。家に連れて帰ろうと思った。自称現役を退いた父と母が機嫌よく暮らしていた。突然未成年みたいな娘を連れてきていっしょに暮らすと言われたら、いくら親莫迦でも果たして動顛しなかっただろうか。

時節もよし、逃げることにした。風に吹かれて行ってみたいと電話したら、あっさりいいかもしれないねと母が言った。二、三日か一週間かくらいと思ったのだろう。淳を言いくるめて、母親に嘘をつかせた。急だけれど、友だちと卒業旅行決めた。これからみんなで相談するの。これで共犯だ。寒い方へ行こう。人目が少ないだろうから。なんという短慮だろう。じゃあ十日町に決まりだ。

電車の中で宿を交渉した。宿探しは僕の得意だ。あとは淳を抱いていた。僕の吐息だけで赤くなる。耳朶(みみたぶ)や首筋に口付けする。唇を重ねると喘いだ。駅から遠い松之山のホステルに落ち着いた。乞われての養女にしては養い親に気兼ねしているように思った。他の身の上話は聞き流した。

淳は性愛の技法を知らなかった。知っている振りをしたかったんだろうが、躰が拒否する。僕には愉しかった。女兄弟の中で育った、医学をやった、いい年だ。圧倒的なアドヴァンテージだ。一日に一つずつ教えた。成績が良くないので、酒も使った。

どら息子、どこでどうしているのやら、と母からメールが来る。心配はしてないけれど。うんとかすんとか言いなさい。淳に見せるが笑わない。母に話していいかと訊く。恋人といると話して。言うとおり電話して、お父さんに似ている人だと思ったの、と付け足す。冒険が失敗する予感がした。

雪の世界に出て雪の壁に隠れて淳を抱くと、晴れた空から雪片が花弁のように舞ってきて淳の髪に止まる。唇も洟も涙も雪も舐めて、片想いだったとわかった。この娘の恋は肉体がなかったんだ。