2006年

フランス人の挨拶

六月、日本はそろそろ梅雨の季節だが、フランスでは緑がまぶしい気持ちのよい季節である。午後九時半、まだ太陽が西の空にあり、十時になってようやく夕焼けである。カフェもレストランも外に椅子を並べて、日に当たりながら、ゆっくり時間を過ごすのがフランス流のようだ。私も晴れた日の休日は夕食もベランダで食べ、そのあと風呂から上がって、ワインを飲むのもベランダだ。蚊もハエもほとんどいないので、爽やかな風を感じながら快適に外で過ごせる。

さてフランス人の挨拶である。フランスでは、“おはよう”も“こんにちは”もボン・ジュールである。“こんばんは”はボン・ソワール(これはおおむね午後六時以降)。

朝会社に出勤するとまずボン・ジュールの挨拶から一日が始まる。職場の一人ひとりと握手しながら“ボン・ジュール”。ボン・ジュールのあとにムッシュウやマダムとつけるのがていねいだという。私にもムッシュウとつける人もいれば、ミネギシサンという人も、何もつけない人もいる。“サヴァ?(元気?)”というのをつける人もいる。私も親しい人にはこれをやる。

握手しながら、相手の目を見て、ボン・ジュールと笑顔で言うのがポイントだ。但し、この握手のときの力の入れようは人さまざまである。女性でも力を入れる(相対的にだが)人もいれば、そっと握る人もいる。手が汗ばんでいる人、乾燥している人、それぞれだ。握る前に手をズボンでこする人もいるが、汗かきの人かなと思う。

フランス人同士で特に同じ職場の人の間では握手ではなく、頰と頰をくっつけ左右交互にチュと音を出すビズという挨拶をするようだ。別れるときも親しい人の間ではこのビズをする。人数が多いと大変だと思ってしまう。私は一度もやったことはない。

この挨拶が終わってから仕事にかかる。フランス人は遅刻して来ても一人ひとりこの握手・ビズをやってから席につくので、これに憤慨したある日本人駐在員が、「遅刻をして来た時には、この挨拶の習慣をやめたらどうか、そのほうが効率的だ」と幹部会議で提案したが、採用されなかった。

私は総務人事、経理財務、経営企画などを担当しているが、それぞれ離れたところに職場があるので、各職場へ行く度に、朝でなくても、その日初めて会うときには皆に握手してボン・ジュールとやるのだ。特定の人に用事があってもまず席を順番に回って全員と握手をし終わって、その後改めてその人の席に戻って、用件に入るといった具合である。

仕事であまり関わりがない人、あまりよく知らない人は会っても握手せずにボン・ジュールだけだ。これは日本の“おはようございます”と会う人ごとに挨拶するのと同じ感覚である。会議で集まるときも最初に会う人には必ず握手してボン・ジュール。朝、握手してボン・ジュールと言った人は二度はやらないので、会議で集まった人でもする人としない人が出てくる。きょうこの人とは握手したかなと瞬時に判断して、握手した人は飛ばす。握手しようと思って手を出しかけて、おっとあなたとはやったよね、という感じであわてて出した手を引っ込めることもある。

帰るときには、握手はせずに、“ボン・ソワール、ア・ドゥマン(またあした)”と言うだけである。金曜日は“ボン・ウィークエン(よい週末を)”と言いながら、どこか皆楽しそうである。

日仏文化研修

会社で行われた研修に参加した。日仏相互文化研修という名の研修だ。フランス人管理職、日本人の駐在員が二十人ほどホテルに集まり、一泊二日で研修を受ける。教育機関はルノー・インスティテュートというルノーの教育会社である。一日目のプログラムはまず日本人、フランス人が分かれてグループディスカッション。

テーマは日本人には“仕事上でフランス人のここが良いところ、悪いところ”、逆にフランス人には“日本人のここが良い点、悪い点”。個人名は出さずに、日頃のうっぷんを率直に話してもらおうというわけである。グループディスカッションの後、発表だ。その概要は次の通りである。

【日本人から見たフランス人の良いところ】

・専門性を持っている

・議論をするのが好き(本当によく会議をしている)

・家庭を大切にする(管理職以外はベルが鳴るといっせいに家に帰る、パソコンの初期画面はたいていが家族の写真)

・マイペース

・アイデアが豊富

・ルールを作るのが好き

・細かい計画を作るのが上手

・他人に対して寛容

・接客が上手(愛想がよい)

【フランス人の悪いところ】

・仕事の幅が狭い(専門性の裏面)

・責任感がない(まず他責とする)

・執念がない=すぐあきらめる

・時間にルーズ(とにかく会議が定刻に始まらない)

・議論はするが結論が出ない

・説明でもメールでも前置きが長く結論が一番後(英語の文章を最後まで読むのが苦痛)

・説明が言い訳から入る

・給料以上の仕事はしない

・ルールは作るが守らない(特に他人が見ていないとき)

・管理職と一般職の給料、意識の差が大きい

・ロジカルとは言えない 

逆に

【フランス人から見た日本人の良いところ】

・執念がある

・現実的な思考をする

・手法に忠実

・規律や上下関係を大切にする

・会社に対する忠誠心がある

・改善しようとする意識が高い

・家庭より仕事が優先

・チームワークがある

そして

【日本人の悪いところ】

・上司の言いなり

・結論がはっきりしない=何を考えているのかわからない

・意思決定が遅い

・顧客からの要求に対する反応が遅い

・時間の観念が薄い(決定までのプロセスが長い)

・優先順位をつけない(何にでも等しく取り組もうとする)

・管理職が細かなことにとらわれすぎる

・横の機能が弱い(組織横断のプロジェクトは下手)

・秘密主義(フランス人に情報が充分与えられない、聞かないと教えてくれない)

・プレゼン資料作成に時間をかけすぎる

・リスクテイクが弱い(イノベーションに対して慎重すぎる)

とまだまだあるのだが、お互いに、良い点より悪い点が数多く出されて、時々爆笑が起こった。日頃の不満やフラストレーションの多さがうかがえた。挙げられた日本人の特徴のなかには我が社ならではのものもあると思うが、改めて指摘されてみるとなるほどと思う面も多々あった。

その後のプログラムではお互いの良い点を活かして、どう会社を強くしていったらよいかについてフランス人、日本人が混じってグループディスカッション、そして発表という具合に進み、二日目はそのためのアクションプランと実行責任者を決めて終了した。私はトイレに行っている間に会社の企業文化構築の責任者にされてしまった。

研修後は皆大変有意義だったと言っていた。特に一日目の夜は大宴会となり、大いに盛り上がった。その点が一番良かったなどという人もいた。

研修講師の総括は、「両者の違いの第一はその考え方や思考方法で、これは歴史や教育の背景があり一朝一夕には変えられない。第二の違いはそれぞれの国の社会的規範・価値観による行動や態度で、これも変えるのが難しい。第三にはマネジメントスタイルの違いで、これは変えることができる。相互の強みを活かしたマネジメントスタイルを企業文化としてどう確立するかが重要だ」というものであった。

う〜ん。大変勉強になった。きっとルノーと日産の提携の経験を大いに活かしているのだろうと思った。労働組合からその研修にいくらかかったかとCE(日本の労使協議会のような会議)で聞かれ、その質問には答えないとフランス人の人事部長は言っていた。CEのあとで聞いたら、実は研修費用は高かったと人事部長が話してくれた。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。