老いらくの恋と介護の現場

人間には最後に三大欲求が残ります。三大欲求というのは、食欲、睡眠欲、性欲です。人が認知症になった場合、それが顕著に現れます。「まさかうちの親が」と、驚くようなことが起こるのです。

厳格で堅実だったはずの自分の知っていた親が、あられもない姿になって、驚いたことは一度や二度ではありません。歳を取ると子どもに戻るといいますが、あれが本性なのではないかという気がします。

信じたくない思いに駆られても、目の前で起こることから目をそらしてはいけません。ご飯を食べていても、やつぎ早に食欲を訴えてみたり、起きる時間になっても起きてこなかったりして、デイサービスに間に合わなくてヤキモキしたのも、あとになると懐かしい思い出です。

ただ、いちばんの難題で、できれば蓋をしたい問題が高齢者の性欲です。若いころ厳格だった人ほど、抑圧された潜在意識があるのではないでしょうか。

ともにアルツハイマー型認知症だった父母は、住むところが変わってお互いの存在を忘れてしまい、それぞれの妄想のなかでパートナーをつくっていたようです。

特に母は、ある介護職員の方に特別な感情を抱き、恋愛関係にあると信じていました。私がそれとなく、その介護職員の方に確認したところ、「ほかの入居者様と同じ感情しか持っていません」といわれ、私の取り越し苦労だったことがわかりました。

父は、女性のほうが圧倒的に多い施設に入ったため、娘の私がしゃくにさわるほどモテていました。祖父母の時代は面会に行っても、醜態を見たことがなかったので、両親の振る舞いに戸惑うと同時に、人間らしくて、うれしいような気持ちでした。認知症になって自覚のないままに出てくる性欲はやっかいですが、愛おしく思い出しています。

父母以外にも、恋愛とも疑似恋愛ともつかないケースを実際に見聞きしました。その二人はともに恍惚の人なのですが、施設のなかを手をつないで歩いていて、家族も施設の職員も温かく見守っていました。

男性が先に亡くなると、女性は彼が亡くなったこともすぐに忘れてしまいました。なにごともなかったかのように女性も寿命が尽きました。これは非常にラッキーなケースです。高齢者はさまざまに妄想をめぐらせ、ときに家族やまわりの看護介護スタッフを悩ませるからです。