巡礼 小栗上野介

小栗上野介の終焉の地を訪ねようと思い立ったのは、4月の半ばであった。

信越本線の群馬八幡駅で降り、近くの国道に出て、北西に歩く。左手は丘陵に遮られて視界が利かないが、その丘陵の樹々が芽吹いている。若葉になる前の、背景が透けて見える芽吹きどきの樹林は好ましい。桜の後は若葉ではない。桜、芽吹き、そして若葉、次いで青葉である。

右手は榛名山系の山々が未だ遠くにあり、その山裾まで広々と耕地が開けている。果樹園が多い。花は、花びらがかなり散り敷いているがレンギョウ、それに菜の花。

沿道で燕をかなりの数見る。あるいは空中を乱舞し、あるいは古い民家の軒下で鬼灯を潰すような音を立てて鳴いている。バス営業所のある室田で道を左に折れると、人家が急に減り、左右に山が迫る。

家々の庭にピンクの変わったつつじの花を見るようになる。庭先に立つ老人に尋ねると、イワツツジだと、以前はこの辺りの山にいくらでも咲いていたが、今では見なくなった、と答えてくれた。標高が上がるためか、花の散り残った桜の木が増えて来る。若葉交じりに咲く桜も趣がある。

室田から10キロほど歩くと急に谷が開け、左手に水沼橋を見る。水沼は小栗が処刑された場所である。国道を折れて橋の上に立つ。下を烏川が流れている。川幅は思ったより広い。橋の手前右、堤防のすぐ外に小栗処刑の地の碑がある。石碑の近くに腰を下し昼飯とする。よく晴れた春の日の昼下がりである。

時折、先程通って来た国道を、オートバイを連ねた若者たちが大きな音を立てて通り過ぎていく。どこへ行くのであろう。大した所でもあるまい。オイオイこっちへ来て碑に参らんか、と襟首を掴んで引っ張って来たくなる。

ややあって腰を上げ、国道に戻り、歩みを進める。小一時間も歩くと権田である。ここの寺に上野介の墓がある。本堂の左手の山裾に上野介、又一、それに殺された家臣の墓石が並び、さらにそこから本堂裏の急な斜面を少し上がった静かな林の中に、上野介の本墓が鎮まっていた。

しばらく静けさに浸る……。遠回りにはなるが、よく手の加えられた別の細い道を本堂横まで下りて行くと、途中に背の高い山桜の木が一本、盛んに花びらを振りまいていた。