京子と二人で畑の畔に入り込み、辺りを見渡した記憶がある。山から山へと繋がり、わずかな盆地にある小さな集落である。馬で走ってきたと思われる細道から少しだけ入りこんだ日陰の小さな平地があった。段々畑の山裾を背にして、小さな五輪塔の上から萱が垂れ下がっていた。

仮に城主の勧めで、その国へ残る決意を見せたなら、心変わりした武士は、即座にさげすまれたであろう。

村人の先祖の話では、この近くに城はなく、どの山からも落城の煙さえ見えなかったという。今では過疎になった村人の声さえ届かない離れた場所で、たった一基で五輪塔は、草に囲まれていた。

武士は馬の背で、一人で行き着く先に何を考え、生きることを断念したのだろうか。妻と子はいたのだろうか。

あの頃は、京子が思いをはせる地に、その心に従い、その地に立つことが、しだいに私の人生の楽しみとなって、少しずつ共通の趣味となっていった。

病院のベッドに横たわったままの妻は、読み貯めた逸話の地をまた訪ねてみたいと言った。すでに自分で本を支える力も、新しいページをめくることもできなくなった手元に、無念の想いが踏みとどまっているように感じた。

妻が望むことで、しかも私の助けで実行できることがあるのだろうか。何も思いつかない。ALSに襲われた今の自分達にとって、過去の経験など全て役に立たないということだろうか。

どんなことがあっても、生きて欲しいという、私の一途な思いが、これからの妻の生きる力になっていくことを願った。同時に、妻の生命維持装置の装着について、私の考えを京子に押し付け過ぎたかもしれないという相反する思いが常に私の心に影を落としてくる。