「ユーコ先生、そういうことだったんですね」

海老沼さんはしたり顔で佑子に言う。何事にもてきぱきしている末広さんは食事だけはのんびりしていて、まだカレーのスプーンを持ってその横に座っている。小鳥がついばむようにジャガイモの端っこをかじっている口元が、ひどく可愛い。

「山本先生が本命なのかなって思ってたんですけど。永瀬さんなのね」

思わず目が泳いだけれど、合宿中の数日、目ざとい海老沼さんは佑子の挙動で察知したみたいだ。

「何で、分かったの?」

その一言で、白状してしまったも同然だ。

「だって、山本先生と話してる時は、生真面目な後輩っていう感じで、ユーコ先生、背筋伸びてるんだもん。でもね、永瀬さんには、うん、自然に甘えてる感じ」

「美由紀、鋭いねぇ」

恬然とした様子だった末広さんが、ふともらす。

「でも、山田先生、カワイソ」

「あ、サクラコも気づいてた?」

「なにそれ?」

「ユーコ先生、気づいてなかった? それとも気づかないふり?」

「うん、グラウンドで、山田先生、ユーコ先生のこと目で追ってることよくあるんだよ」

きみたちは練習中に何を観察してるんですか、と、動揺を悟られないようには言ってみたものの、この間の親切の裏側にはそんな思惑もあったのだろうか。

合宿中、基もラグビーアカデミーのコーチの先生たちと一緒に、毎日グラウンドに顔を出し、夜は山本先輩と花田先生の部屋にもぐり込んでいた。

最終クールの練習では半日石宮くんにつきっきりになっていたし、最後のゲームでも、石宮くんはタックルを決めることはできなかったが、その顔が精悍さを帯びたのは、あながち高原の日焼けのせいだけではないだろう。

閉会式の後で、お世話になったコーチの先生の一人が、石宮くんの頭に手を置いて何事かをアドバイスしている姿があった。その二人が交わす笑顔は、石宮くんが新しい世界に踏み出した証明書のように見えた。

基は、本当にこの生徒たちのことを可愛いと思っているようだ。来年度は基に正式に嘱託コーチになることを要請しようと、思った。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。