麻衣が出てきた。町娘の格好をしている。

「今から行くところはね、ちょっと問題があるのよ。新之助さんは、黙って横で見ていてくれたらいいのよ」

麻衣は言う。

「そうか? 黙っていたらいいんだな」

新之助は、そう言って麻衣を見た。麻衣は緊張した顔をしている。こんな麻衣の顔を見たことがない。どこに行くんだろう。新之助は麻衣が時々肩を触れるのが、恋人と歩いているようで、気持ちがはずんでくるのだった。

しばらく歩いて、一軒のしもた屋に着いた。かなり贅沢に作られている。小さいが、屋根も格子もヒノキで作られており、砂利道は真っ白の小さな石が敷きつめられていた。

その格子を麻衣は開ける。すぐに出て来た女中に麻衣は言う。

「麻衣ですけど、お目にかかりたいのです」

女中は引っ込んで、しばらくして出てきた。

「どうぞ、こちらへ」

案内する。廊下を歩いて、奥座敷に一人の大きな男が鎮座していた。男の前には、花が置いてある。今まさに生けているところだ。男はしっかりと花を生けると、麻衣を見た。

「おや、いらっしゃい。珍しいですな」

「ちょっとね……」

「男も一緒か?」

大きな男は新之助を見ると、少しがっかりしたようだった。

「ま、座ってください」

座布団を指す。座布団は二枚あった。女中が伝えていたのだろう。麻衣と新之助はそこに座る。

「親分、ちょっとお聞きしたいのですが、清住町に住んでいる男を知っていますか?」

「おお、知っているとも……」

「昨日行ったのですが、引っ越しした後でした」

「フフフ」

親分は低く笑った。

「逃げたんだよ」

「やっぱり……」

「その男に用があるのか?」

「ええ」

親分は黙って、花を生けた花瓶を部屋の隅の棚に移した。じっと見ている。自分で、自分が生けた花を愛でているようだった。

目をそらすと、黙って麻衣を見た。新之助は初めから、相手にしていないようだ。

「瓦版に女盗賊のことが書いているの。自分のことは一言も書かないのに。ちょっと文句を言ってやろうと思って……」

「ハハハ、止めとけ」

「何で……」

「あの男はもういない!」

「えっ、いないって……」

「死んだよ」

麻衣は次の言葉も出なかった。新之助も驚いた表情だ。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。