第一章 宇宙開闢かいびゃくの歌

涯は立ち上がって控えの部屋に向かい、ドアを開けた。その部屋にいた女性の印象を笹野たちは後年になっても記憶鮮やかに思い出すことができる。

サリーをまとったそのうら若い女性は、最初はこれが日本人かとふと疑わせるに十分だった。ちょっと見にはインドの若い女性。しかし、よくよく見ると日本女性としての仕草所作が随所に散見され、笑みを浮かべて椅子から立ち上がって一行に向かって歩いてくる姿には気品、品格といったありきたりの表現では律しきれない何かが全体を覆い尽くしている。

ハービク所長もハマーシュタインも椅子から立ち上がり出迎えの姿勢をとった。笹野たちも自然と椅子から立ち上がっていた。

「今日はまた一段と(あで)やかだね。ミス蓮台」

相好を崩しながらハマーシュタインが世辞を述べた。

「ありがとうございます、ミスターハマーシュタイン。ハービク所長もお元気そうで何よりですわ」

大きな瞳を見開いて二人に交互に会釈を交わした。涯が笹野たちを手短に蓮台に紹介した。

「はるばる日本から見えられたのですね。ご苦労様です。今撮影中の映画のことを日本にも広めていただきたいですわ。わたくし蓮台のことなんかよりも、映画全体をよーくご覧になってくださいね」

インドに来て初めて聞く女性の日本語だった。蓮台こと宮市晴子はこのコルカタ映画界にひときわ巨大なたたずまいと、風情でもって君臨していることが予感できた。

「はじめてお目にかかれました。日本人として実に晴れがましい気持ちです。映画の成功をお祈りいたします」

笹野は、この全身から芳香を放っているかのような女優をひとしきり眺めた。蓮台を最初に全員が着座した。

はたして何から聞いていいものやら、笹野は押し黙ってしまった。

その気配を察知したのか、涯が口を開いた。