桜色に染められたこの代官山の街を、入学式や新生活で人々が期待をふくらませていた四月。新緑の薫りとともにゴールデンウィークが訪れた。休暇は久しぶりに田舎に帰省したり、長期の旅行に出かけたり、お客さんのお土産話で店が盛り上がった。

毎年のように、冬から春へと季節が移り変わり店が人で賑わっていた世界。楽しいことや、嬉しいこと、繁盛することがマル、意味があると思っていた。

本当にそうだろうか? 今だからこそ気付かなければならないことがあるんじゃないか? 医療従事者の命がけの働き、生命の尊さ、直接会えなくても互いを思いやる優しさ……

店にざざーと波の音楽が響き渡った。御宿にサーフィンに行った時のことが思い浮かんだ。風も波もなくて、ずっと海の中で待ち続けた。半日いたんじゃないかと思うくらい長く感じたが、しぶとく待った。

雲の合間から太陽が顔を出したその瞬間、遠くで海が動いた。小さい、一つの波が押し寄せてきた。

そこにいた知らないサーファー同士、「どうぞ」と目配せして、一人乗っては、また小出しに海が送り出す波に一人、一人と譲り合った。全員が順番に波に乗れて、それが一人でやるサーフィンより、何倍も嬉しかった。

ワクチンが開発されるまで二年かかると聞いた。この闘いはまだ続くだろう。その間、俺たちができることは、感染を広めないように、今は耐えることだ。ここに来てくださる方が決して感染しないように、自らもかからないように、大切な人が無事でいられるように、医療現場の人が少しでも休めるように、一刻も早く禍が収束するように。光がまた射すことを信じて。