変わった娘だ。甘えるし、気の強いところがある。優しくて清楚な物腰は男だけの野性の猛々しさを気付かせるから、岩山のなぜか慕わしい花を護ってやろうと思い始める。告白すれば、隠れ蓑になる。ツインのベッドで寝るときも、何も気にしなくていい。笑顔でおやすみを言ってすやすや寝入る。もっとも、重信方に泊まることが多かったんだが。

これで安泰といかないのが世の常で、部署の違う上司が、宗近だ、子供はまだかと気にするのだ。まさか俺に不審を持たれているのでは? 人前でも呼ばれる。まだ授かりませんと笑って逃げる。葵に話すと

「わたしが産めない躰だと言えば嘘にはならないでしょう?」

世を欺く同志である。真面(まとも)に答えようとする。宗近はどんどんしつこくなる。ついに折り入っての話だとクラブに呼びつけられる。

飲んで話すことではないが、と前置きする。

「子供の話は勘弁してください」

「その話だ。俺の末っ子を養子にしてくれないか」

これはまたなんと藪から棒な。

「もうすぐ産まれる」

犬や猫の仔じゃあるまいし。

「家に四人いる。も一人の妻に三人目が生まれる」

も一人の妻……

「男一匹、なんて言ったって不自由なものさ。狭隘な社会規範に女の我儘、偉そうにしていたいが手に余る」

俺になんの関係が、と言いたくなる。そりゃ飲まずに話せないだろう。

「母親の頼みなんだ。長男長女と三人で遊んで小綺麗に暮らしていれば噂は立つ。それくらい承知だろうが。一人だけでも日向で暮らさせたいと言ってきかない。……不憫だ」

「本宅の方は安泰だ。こっちは俺の情だけで保証がない分、できるだけ気にかけてきたつもりだ……」

あっちもこっちも聴き手は上の空だから、独白もしばし止んでしまった。

「奥さんができた人だと聞き及ぶ。話してみてくれ。側面支援は惜しまない」

重信の奴、馴れ合っちゃうとそういうことにもなる、お前の不徳だな、と。重信の世間を拒絶する姿勢は厳しい。

「葵は俺だけじゃない、俺たちの、護り神じゃないか。なんとか護ってやるべきだ」

白状するしかない。

「重信さんはそう言うの? わたしはあなたがいい人だから恵みがあるんだと思う。子供、欲しがったら困るでしょ? 本当は欲しくても」

葵の実家と揉めることにもなったが、五体満足を見届けてからでいいではないかと大方の意見に耳も貸さず、たとえ不満足でも恵まれた子だと待ちわびて、実父が名付けて届も出し、生母に抱かれて産院から今の『こまち』に戻り、五人家族を一夜暮らした翌日、養女として恭しく貰われてきた。

生母のたっての願いと聴かされ、それは事実でもあっただろうが、産みの母親が気の毒でならなかったとのちに室町は淳に述懐している。お前が可愛くて親指姫のようなんだよ、可愛いと想ったとき、人の親がみな大莫迦なわけが初めてわかった。僕も十分親になれる。半面、悪逆非道を冒す気がした。葵は、だから養父母でいましょう、実のお母さんを大切にしましょう、覚悟していましょう、と言った。

つまり、こうなのである。室町の父、母、重信、淳は、血の繋がりがない。そのことに関心を持つ人物もいなくなった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『フィレンツェの指輪』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。