(おどろ)くと言えば、どこから見てもしっかりした「あんないい人」が、しばらく姿を見せないでいて、突然、死んだとわかることだった。腐乱(ふらん)死体で発見されることもあって、(だれ)もその人の最後を口にしないのが普通だった。

勿論(もちろん)、様々の離脱症状が私の中に起こっては消えていった。(ひざ)から下の感覚が無くなって、宙に浮かんでいるようだった。それで蹈鞴(たたら)を踏むようにして、(たいら)なところでもよく(ころ)んだ。そして、まるで自分の感覚が、自分の感覚でなくなって、さながら(あやつ)り人形でも操るように、自分の体を(あやつ)らなければならなかった。

精神的には、酒を()った直後からの不眠に始まって、目ざめているのか(ねむ)っているのか、わからないような夢幻(むげん)状態が続いた。頭の中が()っ白で、考えようとしても考えられず、思い出そうとしても思い出せなかった(これはドライ・ドランクといって、飲んでいなくても()っている症状だった)。

それでいて、神経が通常の三倍も過敏になるとされ、朦朧(もうろう)として鈍感でいながら、()(がた)いまでに敏感になっていた。集団生活でかわされるささいな言葉つきにも、まるで神経を()(きざ)まれるかのように傷ついた。私はそんな感情の耐え(がた)さを、本当に今日一日(しの)ぐだけで精一杯だったのだ。そんな時、「今日一日だけでいい。明日になれば、今日のことは(わす)れてしまうのだ」と自分に言い聞かせて、懸命(けんめい)に今日という日を過ぎ越すのだった。

私は方向感覚を失い、見当(けんとう)(しき)を失い、自分の感覚を失った廃人として、亡霊のように仲間のあとについて行くばかりだった。通り(すが)りの道端に死んだように横たわるホームレスを見る(たび)に、自分が彼らと同じであることを思った。私は自分がもはや人間の資格も条件(じょうけん)も持っていないことを思った。そして、こんな(みじ)めな生き恥を(さら)しても、自分が生き残ったことに何か意味があるのかと、自分で自分に問い()けてみて、答える言葉を持たなかった。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『 追憶 ~あるアル中患者の手記~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。