視察後ホールにもどり小休止の後竹田工場長が質疑応答に当たったが、団員も現地工場に興味を持ってくれ多くの質問、意見が出た。

やはり、日本と現地での生産を比べた場合どれくらいコストに差が出るのかと、フィリピン人の労働条件及び使う側から見た問題点についての質問が多かった。これは毎回同じような質問が出ているそうなので予想できたが、部品メーカーでも将来的に海外進出を真剣に考えているからなのだろう。

正味二時間くらいの視察を終え一行は工場を後にした。マニラへのバスの中、団員から現地駐在員の苦労話を聞かせて欲しいと請われたので、二ヵ月間の経験話をつれづれに話した。

ホテルにもどる前にバスは土産物屋に寄った。ヴェロントラベルと契約している店なのだろう。フィリピンの民芸品を中心とした品揃えだった。団員が買い物をしている間、ガイドのジェフリーと話をした。ジェフリーはバンドメンバーとして三年間日本で働いた経験がある。

北は札幌から南は鹿児島まで、全国の主要都市のクラブで演奏していたとのこと。東京を拠点に地方都市を回っていたそうだが、妻のユウコは本当にそんなジェフリーの追っかけをしていたらしい。

「一ヵ月以上前になりますけど、クバオのアリモールで見かけましたよ」

「えっ、本当? なんで話しかけてくれなかったの」

「奥さんやお子さんたちと楽しそうに食事していたから、何となく声をかけづらかったんですよ。三年間日本にいたってユウコさんから聞きましたけど、日本語すごくお上手ですね」

「日本で一生懸命勉強したから。初めは全然話せないから苦労したよ」

「日本語学校に通ったんですか」

「学校に行くお金なんかなかったし、時間もなかったよ」

「じゃ、どうやって勉強したんですか」

「仕事が休みの日、一日中テレビ見てたよ。日本のテレビ面白いね。テレビ見てればお金使わないし。あと、いつも一緒にいた日本人のマネージャーも日本語教えてくれた」

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。