漂うシャンプーの香りとアロマオイルの神秘的な香りが、望風を眠りへと誘う。吸い込まれるようにセミダブルのベッドへもぐりこむ。そのベッドには、その夜は葉柄のグレーの掛け布団とグレーのクッション五個が置いてある。

望風は、スポーツブラとショーツの上下だけ身に着けて、クッションの中に埋もれながら、一度仰向けになって何かを想ってから、膝を立ててすわった。

右手に持っていたスマホであの人のアカウントを表示する。なんにもメッセージが来ていないことはわかっているのに、今日も確かめてしまう。

もか……って、余韻を残すように呼び捨てにされるのが好きだった。男らしい低い音で、甘やかすように囁く。思い出すだけで、望風の耳を(くすぐ)る。まだ忘れることができなかった。愛し合う興奮や生まれ変わる情熱を。

寝転んで掛布団を胸の辺りまで被った。顔だけ空気に触れている感触。世間に甘えているような感覚。アロマディフューザーつきのライトが、真っ暗な部屋をオレンジ色に染める。涙色の空気の中で、ポツンと輝いていて、それを何気なく見つめていたら、胸の奥の方で水滴が落ちたような音がした。

癒されているような、孤独を助長されているような、励まされているような、そんな空気感。小窓の外の景色に目をやると、星が見えた。いくつも見えた。

大きさも輝きもそれぞれで、なぜだろう、勇気のようなものが湧く。地球に存在しているという実感なのかな。生きるということは、前向きなことなんだろうな、そう感じた。星が存在して、私も存在する、そういう感覚がひとりじゃないと思わせるのか。それとも、生きるということが特別なことなのか。望風の白く細い腕が、ベッドのシーツをつかんだ。 

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『KANAU―叶う―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。