去年〜学生最後の一年〜

出雲大社を後にして、近くにある島根県立古代出雲歴史博物館を見学した。俺は神話や伝承などのファンタジーに類する話にはワクワクするタイプだ。だから先程のシュウの蘊蓄と同じように、この博物館の日本神話の解説はとても面白く、低かったテンションがだんだん上がってきた。

東京に戻ったら『古事記』の現代語訳を買って読もう。その場では自分へのお土産として三種の神器の一つである勾玉を買った。博物館を出た後、何箇所か出雲大社以外の神話ゆかりの場所を巡った。

結果的に出雲の旅は、恋愛のご利益は望めそうにないが、充実して楽しかった。出雲旅行の後、他の友人たちと沖縄旅行、スノボ、ヨーロッパ旅行などにも行ったが、個人的には出雲が一番楽しかった。

卒業式なんて形だけのものと思っていたけれど、意外に感慨深かった。年配の女性教授が贈る言葉に代えて引用した、茨木のり子の『自分の感受性くらい』という詩が印象に残った。こうして悪くはなかった大学生活が終わった。

五月

俺の家は明治神宮の近くにあり、毎朝神宮の南参道入口の前を通ってJR原宿駅から電車に乗る。会社にも学生時代と変わらず実家から通っている。

ゴールデンウィーク明けの月曜日、会社へ行く途中、神宮の入口に犬が座っており、こちらを見ていた。赤茶色ベースに白と焦茶の部分がある、狼のような犬だった。代々木八幡あたりに散歩に来て、飼い主とはぐれたのだろうか。

同じ週の土曜日、高校時代の友人とランチの約束があり、駅に向かう途中、同じ犬を見た。

少しだけ近よってみると、思ったよりさらに大きくて立派な犬だ。首輪はしていない。捨て犬だろうか。それにしては綺麗だ。

すると犬の方も距離を詰めてきた。思わず身構えたが飛びかかってくる気配はない。犬は俺の前まで来ると「はっはっ」と息をして目を合わせてくる。気のせいか、何かを訴えているように見えた。しかし、意思疎通できるわけもなく、いつまでも時間を費やす気にはなれなかったので、そのまま駅に向かった。

時間がもったいないとすぐ感じてしまうようになったのは、社会人の良いところか悪いところか。

二日後の月曜日。会社の同期と飲んだ後、俺はいつものように電車を降り、家に向かって歩いていた。時間は二十三時半頃。もう五月も中旬なのに今年はまだ少し肌寒い。明治神宮の前で、突然背の高い青年に呼び止められた。

「おい」

ハスキーな声だ。周囲に人はいない。俺が話しかけられたことに間違いはなさそうだ。少し怖い。身長は俺より十センチ以上高く、百八十センチはありそうだ。